忘れたい記憶

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「───やめてっ!!!  そんなもの見たくないっ!!!」 母の手からそのハンカチを払い落すと、カランと金属音を立てて何かがベッドの下へ転がって行った。 でももう既に遅し………。 ベッドの下に潜り込んだ拓実の手にはそれが納まっていた。 「もう………捨てて」 思い出してしまうから。 忘れたふりができなくなるから………。 「そんなのいらない………」 拓実を好きで好きで仕方なかった自分を。 それと同時に拓実の浮気の事実まで鮮明に思い出してしまうから。 消したくても消えなかった、どうしようもないあの黒い記憶が。 「………って、ちなつはこれが何か、分かるんだ?」 グーにしたままその中身を一目も見ていない私に、拓実が訝しげに首を傾げる。 「………思い出した?それとも………忘れてなかった………?」 そっと開かれた拓実の手のひらにはプラチナのリングが載っていた。 あの時外したけれど、大事にハンカチにくるんでおいた婚約指輪。 拓実の記憶がないふりをしていたことが………ばれてしまった。 「───忘れたかったのよっ!!!  あんなことがあったことも、拓実のこと全部!!  やり直す?そんなの無理に決まってるでしょう!?  せっかく忘れたふりしてあげたのに、ふざけないでっ」 溜め込んでいた胸の内を一気に吐き出し、そのままベッドに顔を伏せて泣いた。 ………あの日以来、初めて泣いた。 「お母さん………!俺、浮気しました!  ちなつがこんなことしたのも俺のせいなんです!  でも、俺はちなつが好きです………別れたくありません!」 涙で滲む端に見えたのは母に土下座する拓実の後姿。 唖然とする母と私。 そして拓実は土下座したまま私の方を向いた。 「このくらいで許してもらえるとは思っていないけど、もうちなつを失いたくない………。  俺がこんなこと言える立場じゃないけど………  もう一度やり直して欲しい………」 「無理………」 「それでも俺、諦めない」 「浮気者……」 「っ、う、浮気は二度としない、絶対!」 「拓実の馬鹿ぁ」 「ご、ごめん………ホント、ごめん………」 小さく謝る拓実を私は抱きしめて───また泣いた。 それから一年後─── 私たちは無事結婚した。 病室でやり直すことを誓ったあの日が………今日から私たちの結婚記念日。 【終わり】
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