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退院後、一番の問題は二週間後に迫ったイギリス留学になるはずだった。果たして本当に一人で生活できるのか、と。留学する大学は全寮制で、アメリカと違って面倒を見てくれるホストファミリーなんていない。食事は食材を買うところからしないといけないし、掃除や洗濯だって全部一人でしないといけない。こんな痩せ細った今にも倒れそうな状態でそれができるのか、と。
でも、由香はそんなことを考える余裕がなくなった。恐れていたブラックホールの暴走が始まってしまったせいで。
それは退院後すぐに始まった。
病院から自宅に戻った日の夕方、居ても立ってもいられない空腹で夕食まで待てなかった由香は、フラフラとキッチンに向かうとお菓子を間食した。入院病棟の売店で買っておきながら、勇気がなくて食べられなかったクラッカー。一袋四枚入りのそれを、これまでなら一回で食べ切ることなんてもっての外だった。
それなのに一袋ペロッと食べ終えると、もう一袋手を伸ばした。口にするまで迷いはあっても、食べ始めた途端、頭の中は真っ白になった。最終的に三袋を平らげると、今度はテーブルに置かれた竹かごの中に詰まっているお菓子を漁った。
本当に久しぶりのお菓子。
収穫したポッキーの袋を開けると甘いチョコレートの香りが漂う。口いっぱいに大好きだったほろ苦い甘さが広がると、目じりに涙がじわっと浮かんだ。
――美味しい……。
ポッキー一袋を食べ終わった時点でハッと我に返ると急に手を止め、逃げるようにキッチンから遠い部屋へと走った。
どうしよう、食べちゃった。
何で?
何で食べちゃったの?!
今ので何カロリー食べちゃった?!
由香はパニックを起こしながら必死に食べたお菓子の総カロリーを計算した。次の瞬間には、脱衣所の鏡に駆け寄って全身チェック。下腹がぽっこり出た姿を目にすると真っ青になって、「夕食はもう野菜だけでいいや」と心に決めた。
二時間もせずにやってきた夕食の時間、間食で満たされたはずの胃はもぬけの空に戻っていた。テーブルに置かれた料理を全部食べ尽くしたって満足できそうにない空腹を我慢して、決心どおり野菜だけの夕食を済ませると、全く満たされないまま夜を過ごすことになった。欲求不満の胃が体じゅうに強烈な信号を送り続ける。二時間もしないうち、それは動悸となって由香を襲った。
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