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命を賭して創り上げた“ガリガリの私”という名の城。鉄よりも堅いはずの“節制”という掟。それはこんなにも脆く、あっけないものだったの?
苦しくなるまで間食しては、死んだほうがいいほどの罪悪感にもがき苦しむ。カロリーを摂るのが怖いからと食事をスキップでもしようものなら、待っているのは地獄だった。満たされない欲求は数倍となって、一日を終えて眠りにつこうとする由香を襲う。結局あれほど避けていた深夜の間食に走りながら、心は張り裂けそうだった。
その割には、入院中にペロリと平らげた食事量を退院後も続けることはできなかった。病院が魔法の国だったかのように、普段の環境に戻るとあの時は口にできたはずの食べ物を皿に乗せるのさえ嫌だった。食事となると一食当たり350カロリー以上は怖くて食べられず、そんなものでは全然満足できないブラックホールは代わりにお菓子を大量に吸い込んだ。
ブラックホールはカロリーなんてお構いなし。それが一食当たりの何倍もあろうと、許容範囲をどんなに超えていようと、形も残さず吸い込んでいく。そこに由香の精神が待ったをかける余地はない。ブラックホールが物を吸い込む間、由香の頭は真っ白だ。意識まで吸い込まれてしまったかのように。
目覚めたブラックホールの効果は驚異的で、イギリス出発までの二週間で由香の体重は2.5キロも増加した。食べ物を体に入れた分だけ水分量も増えて、体重も体型もゆっくりと変わっていく。全てを失いつつある由香にとって、イギリス留学は最後の砦だった。
頑張って体重を増やす予定だったんだから。おかげで留学に行くことができるんだから。
おまじないのように何度もそう唱えて、罪悪感から逃れようとした。と同時に、このブラックホールの暴走にどう立ち向かえばいいのか、救われる手立てはないのか、一日に何度もネットで検索した。これまで何度もそうしてきたように。藁にもすがる思いでかき集めた情報によると、今後の由香の行動次第でブラックホールの正体が変わるようだった。
底なしの食欲。
食べても食べても満たされない空腹。
それが“回復のための過食”となるか、“過食症”となるか。
運命の分かれ道は、由香次第。
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