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とはいえ、手の内は数えるほどしかない。七粒が限界のナッツ、小さなコップ一杯が限界の牛乳でその場しのぎをしてみても、空腹はすぐに舞戻ってくる。あれこれ手を出した挙句、最終的にはクラッカーやクッキーを苦しくなるまで詰め込む日々が続いた。
もっと三食の食事量を増やせば過食は治まるんじゃないか、とは思う。でもそれができない。自分でも不思議なほど、ブラックホールが活動を再開するまで由香はカロリーと脂質にこだわった。一旦食べ物を吸い込み始めると、そんなものあって無いような物なのに。
知らぬ間に、戦場は「食べたいのに食べられない」飢餓エリアから「食べたくないのに食べてしまう」食地獄エリアに移っていた。いや、正確には両方のエリアを行ったり来たりするようになったというのが正しい。
どの戦場が一番辛いだろう?
自問自答したところで、何も変わらない。
ブラックホールの暴走に悪戦苦闘した二週間、イギリス生活への期待や夢でワクワクすることなんて一切できないまま、由香は直前になって大きなスーツケースに荷物を詰めた。アメリカ留学の時は「帰国の時にお土産入れないといけないから」と三分の一は空にしたけれど、今度はその空きスペースに大量の食品を詰め込んだ。
ソイジョイ、クラッカー、カロリーメイト。
抵抗感なく食べることのできる“許可食”。その貴重な食品を到着後早々に全て食べてしまわないか不安になりながら。
イギリス留学。大学に入学した目的、由香が目指していた全て。今まさに訪れようとしているその瞬間に、胸躍らせる余裕は全く無い。
今まで獲得してきた価値ある物は急に色あせて、命を削って築き上げた“痩せの自分”だけが黄金に輝いている。失うくらいなら死んだほうがいいとすら思った、完全無欠の黄金の城。輝きで満たされたその玉座に居座る自分が誇らしかった。たとえそれが死に至る玉座であったとしても。その城を、かつての“生きる目的”のため、今度は自ら崩すことになるなんて。
あっけない。
それは虚しいほどにあっけない。
ただちょっとひびを入れてやるだけで、無敗のはずの城は途端に崩れだしたのだから。こんなもののために命を賭けていたなんてお笑いだ。
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