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濡れたような深い色の瞳を閉じると、薄い瞼の下に綺麗に弧を描く長い睫毛が並ぶ。
正しく閉じられた唇、触れてみたくなるような滑らかな白い肌、目の前にいる美しい男(ひと)を見つめながら、僕は囁く。
「あなたじゃなきゃ、だめなんだ」
黒髪が柔らかく額に落ちすっと整った顔の陰影を深める。しゃんと背を伸ばしてベンチに座り、軽く握られた手が膝の上に置かれている。
白いシャツのボタンは一番上まで留められ、きっちりとブルーストライプのネクタイが結ばれている。
全く隙など見せない彼の姿に、とてつもなく色気を感じるなんて、僕はどうかしている。
「あなたが、必要なんだ。あなたに…」
「名前を呼んで」
目を閉じたまま、形のいい唇が短く告げる。
「…薫(かおる)に、必要とされたい」
細い指が言葉に反応するように微かに動いた。視線をそっと閉じられた瞼に戻し、言葉を繋ぐ。
「薫に笑っていて欲しい。まっすぐに前を見ていて欲しい。今日も必ず前に進める。僕が側にいいるから大丈夫。僕があなたのこと、ずっと見てるから」
握っていた手の力が抜けて、ベンチに上を向いて落ちた。閉じていた目がゆっくりと開かれ、深く闇を湛えた瞳で僕を覗き込む。
「大丈夫。今日もやれる」
これで僕の役目は終わる。
「ありがとう、純央(すみお)。あとで学校で」
軽い口調で告げると、あっさりと僕を残して麗しの人は去ってゆく。こちらを振り向くことはないと知っていながら、そのすらりと背が高くも儚げな後姿を見えなくなるまで見送る。
思わず深いため息が漏れる。
深緑に満ちる池の水面は、あの日と同じように揺れ、光を反射させきらきらと輝いている。
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