--- 1 --- 悲しみのほとりで

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薫との出会いは一年近く前に遡る。祖母の住むのんびりとした空気漂う街で。 ただ、この高桐(こうとう)市は県庁所在地ではないにもかかわらず、昔からの家柄がある人種やその土地に憧れる裕福層が多く住む、地価も物価も高い街だ。 高校に通い始めた頃、一人暮らしをしている祖母の様子を見てくるように言われ、定期的に通うようになった。ローカル線で二時間ほどかかるこの街に、一ヶ月に一度の頻度で滞在する。 祖母とは、見てこいと言われて本当に見てくるだけのつかず離れずの関係だった。 毎日三食をご馳走になり、あとは宿題をしたり犬の散歩をしたり、時々簡単な頼まれ物を引き受けたりして、家にいるよりむしろ気楽に過ごしていた。 祖母の家から市街地へ向かう時ほど近い自然公園内の旧遊歩道を抜ける。 整備された新しい遊歩道は明るく開けていてジョギングや散歩をする人と頻繁にすれ違うが、大きな池に沿う旧道は樹々が鬱蒼と茂っていて人気があまり無い。 景色の緑に溶け込んでしまえそうなひっそりとした旧道を通る方が、よりひとりであることを感じられて好きだった。 木陰を歩いていても、じわじわと上がる気温を感じ始める季節に、池のほとりで薫に出会った。 彼が佇むと、ただの池もしんと清水の張る湖のように見えた。そこにいるだけで周囲の空気を変えるほど、その姿は可憐だった。 声も立てず絶望の淵に佇むかのように薫は泣いていた。 美しい男にとっては頬に伝う涙までも装飾になり得るのだと、その時知った。 静かに流れる涙の粒を密やかに胸に仕舞って、彼の前を通り過ぎた。 祖母に頼まれた用事を済ませて一時間ほど経ってまた池の前に戻ってきたら、全く時など過ぎていないかのように変わらない姿で彼はそこにいた。悲しみだけがずっと深くなっているように感じ、声をかけずにいられなかった。 「大丈夫?」 「…全然、大丈夫じゃない」 思いがけず返ってきた消えいりそうな掠れた声に、どきりと胸が鳴る。 立ち去り難く、ただ彼が座るベンチに横に並んで腰掛け風に揺れる小さなさざ波を見ていた。どんどん深くなる悲しみが水面を揺らめかせているかのようだった。
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