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「俺の名前は、お前じゃない。」
時刻は午前4時30分。
目の前で俺をじっくりと見下げるこいつがそう言った。
また俺は、こいつに全てを持っていかれる事になるんだ。
そう思っていた。
時計の針の音がする。
こんなに響く時計って売ってるんだな、そう思うくらいにこの部屋中に響くその音に俺達は包まれていた。
ここでは、俺達と、呼んでみたい気になった。
そんな、雰囲気に陥った一部始終を、ご覧頂こう。
「おい。」
「おい。返事しろって。」
「おいって。」
「もしかして寝てんの?」
どう考えても目つぶってんだよな。何だろう、こういう表情、今まで見た事ないかも。
「ほんとに寝てんの?」
「おい。返事しろよ。」
「おい。まじでどうしたんだよ。」
「おい。ほんとにまじで。」
俺は全く反応しないこいつの名前を、呼ぶしかないと、呼んでしまいたいと、また呼んでみたいと、そういう衝動に脳を支配されていた。
「響一。」
「何。」
思いの外、響一は素早く反応し、その目に意識を持たせてこちらを見てくれた。
「もういいんじゃねえの。そろそろなんか…」
「まだ。」
「だってこれ、まじでどのくらいするつもりなんだよ。」
「まだ。」
今俺は、響一の部屋にいて、響一のベットにいて、服は着ていて、ちなみに靴下も履いている。特にこれといった状況が起こっているわけではないと、傍から見たらそうなのかもしれない。
今俺は、響一に両手を掴まれて、そのさらさらとした頬を俺の両手にずっと擦り付け続けている。かれこれ30分くらい。
この状況は一体何なのか。一体この後何が起こるのか、様々な妄想を膨らませても良かったが、そういう欲望にまみれた想像を掻き消さなければならないかもと思うような、響一の少しだけ見える横顔から漏れるその優しい空気感が、俺のどす黒い欲望を少しずつ白に変えていってるような錯覚をひしひしと感じていた。
そして響一は、少しだけ手を指絡めてきた。恋人ではないが、俗に言う、“恋人繋ぎ”をそっと要求してくるような指の動きだった。
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