1人が本棚に入れています
本棚に追加
「焦りすぎなんだよ。何だよあれ。」
「何?」
「フラれたわーとか、慰めてよーって、あんな大きい声出せたんだな。」
「焦ってないよ。ただ何となく大きい声出したかったんだよ。」
「そうか。」
「そうだよ。」
あの時俺は、俺の存在に気付かずに、ずっと壁を引っ掻いている響一を見て、そっと背中を擦ってあげたいと、そっと後ろから抱きしめたいと、そういう甘い欲求ばかりが脳内に巡っていたのに、俺のした事は、俺が響一がした事は…
「そういえばさ。」
「何。」
「あの子いいの?」
「あの子って?」
「彼女。」
「別にいいよ。」
「だってなんかお前…」
「何?」
「性欲結構あるか…」
結構乱暴な、結構無謀な、女だからって、あんな風に抱かれるのって実際はどうなんだ。好きな相手だからって、ああいうのは、果たして耐えられるものなのか。それが人を愛するという事なのか。
「やっぱ盗聴してたんじゃん。」
「だから盗聴してないんだって。」
「そうなの?」
「聞こえてきただけ、だから。」
「そうか。」
「そうだよ。」
もし俺が女だったら、もし俺が響一と双子じゃなかったら、もし俺がただのクラスメイトだったら、もし俺が別の家に生まれていたら、こんな風な事にはきっとならなかったんだろうな…
「男同士でもさ、そういうの。」
「ん?」
「だから男同士でもできなくもな…」
「出来るよ。」
「は?」
「だから出来るよって。」
もしかして響一、経験あるのか?俺の知らない響一、いったい何人いるんだよ。
「何で…」
「やられた事ある。」
「は?いつ?誰に?は?何処で?」
「言いたくない。」
「は?ふざけんな、言えよ。何だよ。知らないのは俺だけなのかよ。」
「別に。誰も知らないよ。」
「俺には教えろよ。家族だろ?」
「まだ駄目。」
「何で。」
「ちょっと思いついた事あるから。」
「は?言えよ。」
「内緒。」
「まあいいや。これからも聞けるし。」
そうだ。これからもっと、これからもっと、俺は響一を好きにできる。俺はもっと、響一に好きにさせてあげられるんだ。
「恭介。」
「何だよ。」
「お前が必要なんだ。」
「うん。」
「お前が好きなんだ。」
「うん。」
「お前が…」
「全部わかってるから。」
「うん。」
これからだ。これから始まるんだ。
二人の、二人だけの、俺達だけの、普通の、ごく普通の日常が。
最初のコメントを投稿しよう!