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本を読もう。
文字の世界に逃げることくらいしか出来ない桜子は、またあの本の部屋のドアを開けた。
誰もいない部屋のなかにホッとしたはずなのに、なぜか寂しい。
人の気配のないこの家にいると、まるで外の世界はおとぎ話の夢みたいだ。
この世から、人がみんないなくなったと言われても信じてしまいそうだと、部屋の隅の安楽椅子に沈み込んだ。
この部屋を掃除をする人がいるとは思えないのに、磨きこまれたなめらか焦げ茶色の木の床も、今座っている椅子もどこも埃っぽくないのが不思議だ。
この部屋に使用人と呼ばれる人達の気配があったことはない。
出入りするのは、桜子とあいつくらいだろう。
桜子はこの部屋を掃除したことはないし、あいつが床を磨くとは思えない。
それとも、案外神経質なタイプなのだろうか。
本を読みに来た筈なのに、本を手に取る気力もない。
なにを期待していたんだと、自分を嘲笑いながら目を閉じた。
本の匂いがするこの部屋は、沢山の本棚のせいか隠れ家のようで心が落ち着く。
広々した部屋より、狭いところのが好きだなと、小さな頃押し入れに作った秘密基地を思い出した。
どこも秘密じゃなかったのだけれど。
押し入れのなかに、小さなちゃぶ台と懐中電灯を持ち込んで、ぬいぐるみのうさちゃんとお茶会をした。
あの押し入れも、今はない。
だいぶ色褪せて、なかの綿もぺしゃんこになったうさちゃんは、それでも捨てられなくて部屋の隅のタンスの上に座っていた。
きっと、もう……うさちゃんもいない。
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