第4章

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「桜子です」 丁寧にお辞儀をして顔をあげると、表情のない瞳が桜子を見下ろしていた。 しゃんと伸びた高い背に、きれいに切り揃えられた銀色の口髭が印象的な老紳士。 白い手袋をして、手には磨かれたように艶やかに光る鷲の頭の柄がついた杖をもっていた。 けれど、杖なんて必要なさそうなしっかり具合だ。 「ここには慣れてきたか」 低い声には、なんの感情も乗っていないように聞こえた。 まるで、決められた台詞を読み上げているような、どこか遠い声。 「はい」 なんて答えていいのか分からない。 ただ圧倒されるような威圧感に、かすれた声を出すのが精一杯。 「なにか不自由があったら、こいつらに頼めばいい」 そう言って踵を返した今日初めてあった祖父の背中に、桜子の声が思わずかけられた。 「あの!」 「なんだ」 振り返りもしない祖父の背中に、桜子の声が飛ぶ。 「おじいさまは……」 なぜ私を引き取ってくれたんですか? 続くはずだった言葉は、杖が床を叩く高い音にかきけされた。 桜子には一瞥もくれずに、ピシッと立つ青藍と紫苑と常葉の方へ歩いていく。 その間も、空気は凍りついたように静まり返っている。
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