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桜子の熱は次の日も下がらなかった。
すっかり主治医と言うかお母さんになっている紫苑は、つきっきりで看病してくれている。
それが夢うつつに申し訳なくて、うわ言のようにごめんなさいと繰り返した。
「桜子さんは何も悪くありませんよ。
伝えることを伝えきれていなかった私達に非があるんです」
だから、謝らないでください。
優しい声と繊細な長い指を額に感じながら、不器用な大きな手は別な人のものだったのだと思った。
「桜子さん、なにか欲しいものはありますか?」
桜子は、ぼんやりと宙を見つめてから、目を閉じて首を横に振った。
なにも……
桜子の欲しいものは、紫苑には与えることが出来ないのだから、言って困らせるくらいなら言わなくていい。
そんな桜子の気持ちを知ってか知らずか、紫苑はなにくれとなく世話を焼く。
「……お仕事は?」
「そんなもの、よくできる部下に押し付けてきました」
キラキラと満面の笑みでそんなことを言う紫苑に、桜子も釣られて笑みを浮かべる。
「……かわいそう」
「いえいえ、きっと喜んでやってくれてますよ」
パチンッと音がしそうなウインクに苦笑すると、常葉とあいつはどうしてるのかなと思った。
思ったことを飲み込むことが当たり前になっているこの場所で、自分は生きていけるのだろうかと息が苦しくなる。
この三人のなかの誰が次の月白になっても……東雲の祖父のようにはなってほしくないなと思った。
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