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勝手に涙がこぼれ落ちた。
途端に、部屋のなかの物が暴れだす。
宙に浮いたグラスがパリンと音をたてて割れると、カーテンが風もないのにバタバタとはためいた。
ラグが波打ったと思ったら、ローチェストの上の花瓶が派手な音をさせて砕け散ると、ベッドがグラグラと揺れる。
急に視界が暗くなって、ふわりと煙草の香りがした。
叫び出しそうに暴れる桜子を、しっかりと受け止める腕が、優しくて苦しい。
「落ちつけ、大丈夫だ」
耳元に落ちる低い声が、桜子の心をなでる。
なにが大丈夫なのか、欠片も分からないのに、心はゆっくりと落ち着いてくる。
「ゆっくり物を元の位置にもどしてみろ」
重たいはずのベッドが脚を一本テラスに出すほど、窓に寄っているし、テーブルは完全に逆さまになっている。
これをどうやって運ぶのだろうと一歩踏み出した所で、後ろからまた抱きしめられた。
いや、止められただけかもしれないけれど、桜子にとってはもうどちらでもいいことだった。
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