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「……探してきますわ」
サラリと揺れたドレスの裾が、先程の隙のない所作とは違ってみえた。
どこへ探しに行くと言うのだろう。
着いていくことも出来ずに、立ち尽くす桜子の手を常葉が優しく包み込んだ。
「さくちゃん」
常葉の声に、慌てて頭のなかから青藍を追い出そうとした。
そんなことをしても、青藍の影は消えてくれなかったけれど。
「これ……おいしいわね」
「でしょ?さくちゃん好きそうだなって」
ごく普通に話を続ける常葉は、握った手を話す気はないらしい。
けれど、それを嫌だとは感じない。
ドクドクと嫌な音を立てていた心臓が、ゆっくり穏やかな音に戻ってきた気がした。
「ねぇ、誰も食べてないのね」
「気がついた?」
「えぇ、みんな飲み物にしか手をつけてないじゃない」
「変な話だけど、食べないで済むのが力が強い証だからさ、食べないとだめな鬼でもこういう場では食べないね」
「それなら最初から用意しなければいいのに」
「まぁねぇ……」
金持ちの考えることは訳がわからない。
桜子は、ついさっき『東雲桜子』と名乗った事が今も尾を引いていた。
初めて名乗った名前は、違和感がありすぎて気持ちが悪かった。
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