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あのときは、この世界に自分ひとりが取り残されたように悲嘆にくれていたけれど、心配してくれる人も少なからず存在していたのだ。
心の拠り所をなくした桜子には、まったく響かなかった声が、少し落ちついた今になると聞こえる。
その人たちにせめて、母方の祖父の所にいるから心配しないでくれ、くらいは伝えてもバチは当たらないだろう。
ただし、その祖父にはまだ一度もお目にかかってはいないのだけれど。
「……あのさ、あれ…………」
「なによ」
「……青藍が持ってるんだよね」
「はぁ!?」
なぜここで大嫌いなやつの名前が出てくるのだと、桜子の眉間には深いしわが刻まれた。
「そ、そんな顔してると取れなくなっちゃうよ……?」
「は?」
「す、すいません!」
その桜子の顔を見ながら、そーっと後ずさった常葉は、桜子が視線を戻す前に身を翻すと部屋から飛び出していってしまった。
「……あの嫌み男め」
常葉がいなくなった今、相づちを打ってくれる人もいない。
静かな部屋のなかで、桜子は眉間のしわを更に深くした。
『友達に連絡したい』と素直に言ったところで、あの嫌みな奴がおとなしく返してくれるとは思えなかったし、しかしそれ以外になんて言えばいいのかも分からなかった。
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