921人が本棚に入れています
本棚に追加
「こっちを向いて、甘那さん」
「…っ」
耳元で名前を呼ばれざわりと肌がざわめく
知らない。こんな左条さんは。知らない
誰とも何も、艶めいた遣り取りのない彼の、初めて見せる思いを寄せようとする行為に追い付けず私は緩く首を振った
「何もしません。今まで俺があなたに何かした事ありましたか」
「う…」
その言葉に、そろり、と顔を向ける
近い、です…。左条さん…
「落ち着いて下さい。怖いですか?なら離れます」
あなたの望む通りに、と左条さんが言う瞳はいつもと変わらず真摯。それによっていつもの左条さんを思い出し、私は少し安心して体の力を抜いた
「…大丈夫、です。…でも、あまり近いと、その…」
どうして良いか、分からない…
「…あなたは、俺にどう断ろうか、ばかり考えているでしょう」
「え」
「元の関係のままで良いのに。それが一番居心地が良くて安心出来て」
「…」
「自分も俺も、何も感情がなければ傷付かないと思っている」
私のすぐ傍に座った左条さんは私の方を向いて、はっきりした確信を痛いくらい突き付けて来て、それこそもう何も言えなくなってしまった
傷付くのも、傷付けるのも怖い
誰より慈しんで来たこの人を、何より私が傷付けたくない
最初のコメントを投稿しよう!