海原十月 其の一

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 パソコン横の電話から受話器を取り上げ番号をプッシュする。呼び出し音。電波の繋がらない場所にいるわけではないらしい。が。出ない。五回、六回と呼び出し音を繰り返すが電話に出る気配がない。事故にでも巻き込まれていなければいいが。遅刻の理由の大半は早朝であれば寝坊だったり、入りの時間を勘違いしていたりがほとんど。学生であれば電車が遅れて辿り着けないとか、稀にシフト自体を忘れているなんてこともあるが、海原に関して言えばそのどれもが可能性の薄い理由であった。一抹の不安が僕の中に生じたそのとき事務所の外から勢い良く扉の開く音が聞こえた。休憩室の扉が開く音だ。瑠華が休憩室に顔を出すと「あ」と声をあげた。 「海原さん!」  どうやら海原が到着したようだ。僕は無言で受話器を置きデスクから立ち上がって休憩室に足を踏み入れた……瞬間、衝撃。胸に何かがぶつかってきた。同時に心地よい香りが鼻につく。 「わぁ!す、すみません!」  海原だった。事務所に飛び込んできた海原と鉢合わせで衝突してしまったようだ。 「お、おう。ごめん。大丈夫?」 「は、はい!あ、えっとすみません!すぐ入ります!」  よほど急いできたのだろう。海原は肩で息をしながら頭を深々と下げるとすぐに踵を返し、手にしていたトートバッグをロッカーに突っ込むとほぼ同時にユニフォームを引っ張り出し、休憩室に併設の更衣室に飛び込むと勢い良くカーテンを閉じた。 「あ、いや。それより遅刻とか珍しくないか?」  海原が着替え中の更衣室に向かって話しかける。人間誰でも失敗はある。仕事に遅刻するのは良いことではないことは確かだが、もしかしたら遅刻するに足る理由があってのことかもしれない。従業員も学生だったり、主婦だったり、それぞれ様々な事情を抱えていることを考えれば頭ごなしには叱れないのが現実であった。僕が甘いと言われればそれまでなのだけれど。 「本当にすみません!電車寝過ごしちゃって!」  あの海原が?電車で寝過ごすなんてことがあるのか。とはいえ学校に通いながら毎日夜はバイトしているわけだ。もしかしたら相当疲れが溜まっていたのかもしれない。ここに来てようやく体が崩れ始めたということなのだろうか。 「なあ。やっぱりシフト少し減らして、たまにはゆっくり休んだ方がいいんじゃないのか?」
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