海原十月 其の一

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 僕が腕組みして更衣室に向かって言った瞬間、勢い良くカーテンが開きユニフォーム姿に着替えた海原が飛び出してきた。 「大丈夫です!次から気をつけるので、今まで通りでお願いします!」  顔が近い。気迫。という言葉も過言ではないくらい海原の強い視線が僕を捉えていた。 「いや、でもなんでそこまでして稼ぎたいんだ?」  このタイミングなら聞きだせるかもしれないと思った。 「それはまぁ……いろいろと」 「何か悩みがあるなら相談に乗るぞ?」 「大丈夫です!今日は本当にすみませんでした」  間違いなく何か事情があるようだったが、言いたくないこともあるか。アルバイトのプライベートにこちらから深く関わるのも野暮だろうか。 「ま。今日は僕の中では初遅刻だからそこまで厳しくは言わないが、皆心配してるから。遅れた分は……」 「はい!仕事で返します!」 「分かってるならオーケー。じゃ、よろしくな」  遅刻にしろキャンセルにしろしないにこしたことはない。だがやってしまったものは仕方がないというのもまた事実。その分一緒に働く他の従業員に迷惑がかかるのもまた事実。とはいえ迷惑をかけたからといつまでも凹んでいてはお店の雰囲気も悪くなる一方。ならば逆に他の従業員より元気良く、率先して仕事をすることで迷惑をかけた分を返すべき。それが僕の考えである。 「にゅー。海原さん大丈夫ですかねえ」  いつの間にか事務所に隠れていた瑠華が心配そうな顔を覗かせていた。 「んー。ちょっと働かせすぎなのかな」 「でも、海原さんがそうしてほしいって言うんですよね?」 「そうなんだけど、従業員の体調管理も僕の仕事だからね」 「店長。あんまりいろいろ気にしすぎると、いつか胃に穴が開いて口から血を吐きますよ?」 「気遣ってくれるのは嬉しいけど例えが具体的過ぎて怖いだろ……」 「あにゃ?そうですか?でも確かに海原さん。最近ちょっとお疲れみたいですよね」  この宮古瑠華という少女は、こう見えて従業員やお客様の些細な変化によく気付く。この子もある家庭の事情で二十歳でフリーターをやっているわけだが、その事情のおかげで昔から周囲の人にたくさん気を遣って生きてきたのだろう。そのせいか人の変化に非常に敏感なのだ。 「疲れてる……か」  この瑠華の所見は当たっていた。それはちょっとした言葉の違いではあるのだけれど。 海原十月。十九歳。大学一年生。 彼女は確かに。
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