河北掃討戦

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曹操軍と袁尚軍は、白狼山(はくろうざん)と呼ばれる場所で白兵戦を繰り広げていた。 もともと、梅雨の時期の行軍だったため大軍が通ることができないと高をくくっていたため、淳の策にまんまとやられてしまったのである。 ?「いけいけ、わが武勇を主に届けるのだー。」 張遼「新村殿、あの部隊は何なのであるか?」 淳「あの部隊は私がこの日のためにあらかじめ忍ばせていた部隊ですよ。おかげで敵は一気に混乱しています。この機を逃さないよう一気に終わらせてしまいましょう。」 張遼「・・・あの部隊にいる人はまさか・・・」 その後、一気に形勢は曹操軍側に傾き、袁尚軍は大敗を期したのである。 この戦で烏桓は壊滅。袁尚と袁熙の二人は遼東方面で独立していた公孫康(こうそんこう)のもとに逃げ込むがあらかじめこちらに内通していたため、すぐに二人の首を下げて降伏したのである。 ?「新村殿、やっとおぬしのもとで我が武を見せれましたわ。」 淳「長い間、よくやってくれました。これからもよろしくお願いいたしますよ呂布殿、高順殿。」 呂迅「今の私たちは呂迅と高煉という名に変えてますゆえそのようにお呼びください。」 高煉「それと、殿にご紹介したい人が。これ、白鍾(はくしょう)。」 白鍾「初めまして、姓は陳、名は亮、字は白鍾と申します。これより殿のもと精進していく所存であります。」 白鍾は、もともと公孫サンのもとで白馬義従の小隊長を務めていたらしい。袁紹との戦で公孫サンは負け、なんとか生き残った白馬義従の面々で対袁家工作をしていた。 そこを呂迅が目をつけて仲間にしたとのこと。
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