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人気がなく静かなフロアには、俺達だけの声と服の布地が擦れる音が響く。 琴は俺のネクタイや胸辺りにもう一度顔を近づけ、そして俺の腕を握り締めた。 「なぜそんな質問を受けなければならない。俺は君が取られたUSBやプレゼン資料のデータを築島から取り返してきただけだ」 目の前に差し出した二つのメモリースティック。 あんなに涙を零し、悔しそうにしていたからこそきっと喜んでもらえると思っていたのに。 今、彼女はそれとは全く正反対の真っ青な顔色をしている。 そして、何かを我慢した顔で俺を見上げた。 「ありがとう…ございます。本当に嬉しい…これで、大丈夫ですよね。柊さんのプレゼン…」 「あぁ、全てスケジュール通りに運ぶ事が出来る」 「よかった……」 言葉は予想通りの言葉ばかりが琴の口から発せられてくる。 なのになぜ、琴がこんなに浮かない顔をしているのか理解が出来なかった。
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