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熱い。闇夜に揺らめく業火が皮膚を焦がしていく。赤黒い煤の付いた手を宙へと投げかけるが、それをとってくれる手は既に無い。
みんな、みんな燃えてしまった。肉と脂の焦げた臭いが鼻腔を這う。先まで聞こえていた呻きも既に絶え、彼は自分が最後の一人だろうと確信した。
恨めしそうに空を見上げる。満月を横切るように巨大な物体が飛んでいくのが見えた。
それは爬虫類の様な姿をした、巨大な翼と強固な外殻を併せ持つ規格外の生物であり、この惨状を生み出した元凶でもあった。
『竜』。そう呼ぶ以外に彼は表現の仕方を知らない。
群れの一体が青年の方を見た。偶然だろうが、気まぐれのように体勢を変えてその方向へと羽ばたき、降り立とうとする。
青年は死を覚悟した。目を固く瞑り、身を僅かに縮み込ませてロクに動かない両腕で何とか頭を覆う。それはまるで無意味な、防衛本能以外の何物でもない行動であり、いたずらに死を先延ばしにするだけの愚行であった。
巨大な頭部が青年に迫る。琥珀のような瞳が彼の憐れな姿を映し出すと、竜はいやらしく口許を歪めて鮫の様な笑みを浮かべた。
一瞬。ただ一瞬だけ竜が警戒を緩めた瞬間だった。
青年は既に擦れた視界の端に、弾丸のように飛来する影を見た。外殻を切り裂く鈍い光を見た。断末魔の叫びを上げて、崩れ落ちる轟音を耳にした。
「生存者一名確保! チーム・ハートは現場に急行してくれ!」
「意識は!?」
「クソ、待ってられるか! 担架を持って来い! ありったけの治療薬もだ!」
慌ただしい軍靴の音と、再び戻って来た人間の気配。青年は死に際にありながらも安堵していた。血錆びと炎の臭いに巻かれながらも、精神を人らしく保つことが出来ていた。
「駄目だ。――オイ、お前」
男が青年を見下ろしていた。彼は片手に小瓶を携え、青年に決断を迫る。
「生きてぇか? 死にてぇか?」
青年は選ぶ。楽な死か、苦しい生か。
「生きてぇなら、これを飲め。そうすればお前は生まれ変わる。――文字通りにな」
「ただし」と続ける。
「そうすればお前はもう逃げられない。死神すらお前を逃がせない」
答えは既に決まっていた。震える手で小瓶を受け取ると、一気に呷る。
その日青年――ロアは死に、再び生まれた。
月は平等に、生者も死者も、化物さえも照らしていた。
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