第1章

2/2
前へ
/2ページ
次へ
上司の佐野と不倫して、子供ができた。 当たり前だが、佐野とは結婚できない。 既婚者と不倫した自分が悪いのだ。 だからと言って黙っているのもシャクにさわる。 だから、会社を辞め臨月になってから、佐野の家に電話をかけた。 妻の彩子とか言ったが、自分と佐野の関係を言うことで、一種の優越感を得られるはずだった。 ところが電話に出たのは佐野で、あぁとどこか疲れたように言われた。 「ちょっと何よ」 「何よって、喜べよ」 「何が?」 「おまえと結婚できる」 「はぁ?」 何を言い出すかと思えばそんな嘘をよく言える。愛妻家で通ってるくせに……。 「なに冗談言ってるのよ」   「冗談? 嬉しくないのかおまえは?」 「……奥さんどうしたのよ、奥さん」 「あぁ、逃げた」 「はぁ?」 「俺が殺そうとしたら、逃げた」 電話の向こうでは佐野がクツクツ笑っている。 思わずゾクッとして電話を切った。 冗談ではない。妻が警察に言ったら佐野は終わりではないか。 その時、ピンポーンと呼び鈴が鳴り、誰だろと見ると白い顔の女性が立っていた。 「突然、失礼します。佐野彩子ともうします。佐野明久の妻です」 あちゃ妻が逃げてきたよ。 あたしはとりあえず逡巡したが、どうぞと言って扉を開けた途端、腕にチクリとした痛みを感じた。 見下ろすと注射器が刺さってる。 「なに……」 するのよとあたしの叫びは体の痺れで相殺された。 扉が閉まり、玄関のところで倒れそうになったのを、佐野の妻はゆっくり近づいてきて、あたしの腕をとって床にあたしを優しく寝かすと、大きくなった私のお腹を愛おしそうになでて言った。 「こんにちは、わたしの赤ちゃん」 そしてあたしは佐野の妻が看護師だったのを、思いだした。 佐野の妻の目は喜びに満ちていた。 あたしはなすすべもなく、喘いだ。 「あなたは死んじゃうけど、この子は大切に育てるから安心して」 言って、佐野の妻は持ってきたガバンから、色々な器具を取り出して笑った。 「わたしの赤ちゃんを大きくなるまで育てくれて、ありがとう」 あたしはなすすべもなく、声も出せないまま、口をパクパクとさせていたままだった……。
/2ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加