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上司の佐野と不倫して、子供ができた。
当たり前だが、佐野とは結婚できない。
既婚者と不倫した自分が悪いのだ。
だからと言って黙っているのもシャクにさわる。
だから、会社を辞め臨月になってから、佐野の家に電話をかけた。
妻の彩子とか言ったが、自分と佐野の関係を言うことで、一種の優越感を得られるはずだった。
ところが電話に出たのは佐野で、あぁとどこか疲れたように言われた。
「ちょっと何よ」
「何よって、喜べよ」
「何が?」
「おまえと結婚できる」
「はぁ?」
何を言い出すかと思えばそんな嘘をよく言える。愛妻家で通ってるくせに……。
「なに冗談言ってるのよ」
「冗談? 嬉しくないのかおまえは?」
「……奥さんどうしたのよ、奥さん」
「あぁ、逃げた」
「はぁ?」
「俺が殺そうとしたら、逃げた」
電話の向こうでは佐野がクツクツ笑っている。
思わずゾクッとして電話を切った。
冗談ではない。妻が警察に言ったら佐野は終わりではないか。
その時、ピンポーンと呼び鈴が鳴り、誰だろと見ると白い顔の女性が立っていた。
「突然、失礼します。佐野彩子ともうします。佐野明久の妻です」
あちゃ妻が逃げてきたよ。
あたしはとりあえず逡巡したが、どうぞと言って扉を開けた途端、腕にチクリとした痛みを感じた。
見下ろすと注射器が刺さってる。
「なに……」
するのよとあたしの叫びは体の痺れで相殺された。
扉が閉まり、玄関のところで倒れそうになったのを、佐野の妻はゆっくり近づいてきて、あたしの腕をとって床にあたしを優しく寝かすと、大きくなった私のお腹を愛おしそうになでて言った。
「こんにちは、わたしの赤ちゃん」
そしてあたしは佐野の妻が看護師だったのを、思いだした。
佐野の妻の目は喜びに満ちていた。
あたしはなすすべもなく、喘いだ。
「あなたは死んじゃうけど、この子は大切に育てるから安心して」
言って、佐野の妻は持ってきたガバンから、色々な器具を取り出して笑った。
「わたしの赤ちゃんを大きくなるまで育てくれて、ありがとう」
あたしはなすすべもなく、声も出せないまま、口をパクパクとさせていたままだった……。
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