第二章

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「・・・父さんは?」 少女の姿。 その現実から目を逸らす為だろうか。 男は実情として全く気にしていない事を問う。 どうせ相変わらずなのだろう、と、その応えを予測して。 だが。 「死んじゃった。」 少女は、その内容に似つかわしく無い事も無気な口調でさらりと告げた。 「な・・・」 「ああ。そう。」 絶句する男。 特に意に介さない様子の青年。 男は靴を脱ぎ散らかすと言った態で家に上がり、駆け足で廊下の突き当りの襖の前に立ち・・・ それを手に掛けながらも、瞬時、躊躇し。 だが結局、すらり、と開け放った。 「・・・」 そこには、異様な光景が広がっている。 家屋の構造から察する事の出来るその部屋の広さは、通常なら六畳間、広くても八畳間が精々と言った所、にも関わらず。 何平米、等と勘定するのも馬鹿馬鹿しい。 何処までも続く、果ての見えない真っ白な空間。 虚無と表現するのが最も適当と言える、足場の所在さえ曖昧なその”世界”。 その”中心”と言える場所には。 なみなみと水様の液体の張られたプール。 その中央に浮かぶ、眼鏡を掛けた中年男。 呼吸を止めてしまっている”それ”は、満面の笑みを浮かべている。 「・・・父さん・・・」 彼のその声に反応したのは、その対象たる”水死体”ではなく。 「ねぇ。」 プールの際、プールサイドに立っていた、金髪の女だった。 少女と呼べる幼い容貌。 ツインテールの髪型。 吊り目。 何処かの高校辺りの制服の様な、ベストにミニスカート。 金髪は、口許から際限無く唾液を垂れ流し。 それは、足元のプールに流れ込んでいる。 プールの中身の全ては、純水ではなく、彼女の唾液なのだ。 「私、どうしたらいいの?」 「何だよ・・・」 「”造られた”のはいいけど、その”創造主”がコレだしさぁ。」 「幸せそうな顔、しやがって・・・」 金髪の呼び掛けを、意図的にか無意識にか。 無視しつつ男は、その水死体に呼び掛け続ける。 「・・・本望なんでしょ。限り無くキモいけど。」 「・・・!」 死者となった自分の父親への罵倒に、男はきっ、と鋭い眼を向ける。 「な、何よ。」 金髪はじりっ、とたじろぎ、後退り。 「ははは。」 その緊迫した空気を破ったのは、青年の朗らかな笑い声、であった。
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