第二章

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「確かに本望だったみたいだね。」 青年はプールサイドの一角に散乱していた紙の束を拾いつつ、未だ収まらぬ笑いに声を震わせている。 「・・・」 毒気を抜かれてしまった男は、青年に歩み寄り。 その手元を覗いた。 「うわ・・・」 その背後から、金髪の一歩引いたような、とても嫌そうな声が聞こえる。 彼女も”創造主”の”描き残した物”が気になったのだろうか。 単なる野次馬根性かも知れない。 そこには。 眼鏡を掛けた清楚な長い黒髪の美少女が、プールに唾液を垂らしている姿がデフォルメされた画調で描かれている。 漫画の原稿のようだ。 美少女の容姿を除けば、今のこの状況そのまま、と言える。 前後の内容を見れば、どうやらその美少女は学級委員長を勤める優等生、と言う設定であるらしい。 「同人誌にでもするつもりだったのかな?」 どうやら漸く落ち着いて来たらしい。 青年の声の震えは収まっていた。 が、未だ口元は吊り上がっている。 「でもこんなの、誰も買ってくれないよね。性癖が特殊過ぎて。」 「ってゆーかさー。」 金髪が不満気に声を挙げる。 「”この子”と私、全然似てないじゃーん!」 「気分次第って奴なんじゃない?」 「・・・」 男は、これが自分達の父親の、一つの自殺の形であるのだと言う事に気付いた。 動機は理不尽な世間への抗議や、絶望と言ったネガティブな物では無く。 自分の特殊性癖による快楽に殉じる、と言う形の。 「ねーねー。何?何?それぇ。」 不定形の下半身を器用に蠕動させ、少女が場に這い寄って来る。 背後には、蛇や蛙、蜥蜴を引き連れて。 いや。 それ等が”付き従っている”と言った方が正しいのかも知れない。 「・・・見るな。」 「え~!何でぇ!?」 年端も行かない妹に、父親の変態性を見せ付ける事を憂慮した男は、少女の視線から原稿を隠した。 が。 『今更、かな・・・』 漫画原稿よりも生々しい”現実”が、眼前に広がっているのだ。 意味は、余り無いのかも知れない。 と、その時。 「ん?」 「あ!」 「へ!?え!?き、きゃあ!」 しゅうぅ、と空気の抜けるような音と共に。 ”世界”の崩壊が始まった。 唾液をなみなみと湛えたプールは端から霧散し。 金髪の姿も、粒子が散り、徐々に存在感を無くして行く。
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