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「わあぁぁ!」
背中に衝撃。
身体が浮く。
床に落ちる。
財布の中の小銭が奔放に行方を眩ます。
「あ・・・」
確かに、たったの16円では何が買えると言う訳でも無い。
むしろ、往生際悪くそんな財布の中の”全財産”を見詰め、有りもしない”買える物”を思案する不毛な時間から解放されたと考えるべきなのかも知れない。
とは言え。
「おいコラ手前ぇ!」
自分を突き飛ばした人間には、一言言ってやらねば気が済まない。
「お会計、お願いします。」
その対象は、そんな怒号を挙げる彼女に一瞥すら呉れず、レジにショッピングカートを悠々と運ぶ。
『あんな物で!』
カート上の籠の中身は、複数の米袋。
合計で40kgは超えるだろう。
あれに撥ねられたのだと知ると、先程に倍する怒りが込み上げて来た。
『軽車両並じゃねぇか!』
目を転じれば、周囲には累々と倒れ伏す人々。
それらも被害者なのだろう。
レジの計算待ちをしている加害者の青年は、それを全く意に介していないようだ。
今にも鼻歌でも漏らしそうないい笑顔のまま。
「こっち向けよオラァ!」
義憤と私憤が入り混じり、勢いに任せ肩を掴む。
何故か、周囲からの息を呑む声にならない悲鳴が場を満たし。
瞬時に無音の状態を作り上げた。
「手前ぇ、何のつもりだよ!?」
その空気を不審に思いつつも、彼女は止まらない。
止められようも無い。
「なに?」
怪訝な表情でこちらを向く青年。
その顔によって逆巻く感情が、小さな疑問符を吹き飛ばす。
「なに、じゃねぇよ!」
「・・・カニ?」
「カニ、でもねぇ!」
「あ。ヤニ。」
「ふざけてんのかコラァ!」
おちょくられているとしか思えない。
彼女も、ついこの前まで暴力を旨とした組織に身を置いていた人間だ。
舐められる事は我慢ならない。
「人を吹っ飛ばしといて、どう落とし前つけんだよ!」
「ああ。」
青年は漸く、彼女の話の趣旨を理解したらしい。
にっこりと笑って、首を傾げる。
『・・・どっかおかしいのか?コイツ・・・』
彼女は、その笑顔にうすら寒さを感じ、瞬時怒りを忘れて身震いした。
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