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「・・・ただい・・・」
「おかえりなさい!先輩!」
彼女の帰宅と同時。
こちらの声の途中で、フライング気味の呼応。
「お疲れっす。」
一拍遅れて、少々気怠げな声。
「・・・別に疲れちゃいないけどな。」
皮肉なのだろうと察した彼女は、不機嫌に吐き捨てる。
帰宅とは言っても、ここはバブル期に建設が始まり、その崩壊と同時に放置された、廃墟然としたビルの一室だ。
彼女とその後輩二人は、不法に占拠してねぐらにしている。
”組織”の崩壊と同時に職も住処も収入も失った三人は、以来、そんな暮らしを続けている。
「見て下さいよ!先輩!」
彼女に対し、妙に勢い込む後輩その一。
「・・・ふん。」
それに呆れ返るように、仰向けに寝そべったまま文庫本に目を戻す後輩その二。
二人共、黒を基調とした、ナイロン樹脂様の全身タイツめいた外皮に顔面、頭頂までを覆っている。
顔面部には十字の、前胸部、四肢中央部には直線的な、紫の意匠を施されたその姿。
一見すると全く見分けが付かない。
が、不思議な物で、身のこなしから言動、ちょっとした癖で、何と無くの区別が彼女には出来る。
「・・・どうしたんだ、これ。」
その一の手の中。
竹笊の中には、トマト、胡瓜、人参が山盛に盛られてる。
「八百屋でクズ野菜貰って来たんす!」
言われて見れば、どれも形が少々歪で、物によっては傷もある。
「今夜の晩飯はバッチリっすよ!」
「は!」
その二が鼻で笑う。
「お前ぇはその程度だよな。」
「な、何ぃ!」
その一がその二に喰って掛かる。
「じゃあお前はどうなんだよ!」
「俺か?俺はな。」
勿体ぶった仕種で、枕と成していた雑嚢から
「どうよ。」
2kg程度だろうか。
米の袋を取り出した。
「ど、どうしたんだこれ!」
「いや何。ゴミ捨て場行くと、良く本とか捨ててあるだろ?それ掻き集めて、古本屋に売るんだよ。そうすりゃ、この程度のモン買う位の金にはなる。」
「ははぁ・・・」
「お前とは、ココが違うよ。ココが。」
つんつん、と自らの頭を指差す態度に少々ムッと来たのか、その一は
「ふ~ん。じゃあコレはいらないんだな?」
野菜を背に隠す。
「そ、そんな事言ってねぇじゃんよ!」
その二は慌てて屈服した。
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