第一章

3/4

6人が本棚に入れています
本棚に追加
/42ページ
「・・・ただい・・・」 「おかえりなさい!先輩!」 彼女の帰宅と同時。 こちらの声の途中で、フライング気味の呼応。 「お疲れっす。」 一拍遅れて、少々気怠げな声。 「・・・別に疲れちゃいないけどな。」 皮肉なのだろうと察した彼女は、不機嫌に吐き捨てる。 帰宅とは言っても、ここはバブル期に建設が始まり、その崩壊と同時に放置された、廃墟然としたビルの一室だ。 彼女とその後輩二人は、不法に占拠してねぐらにしている。 ”組織”の崩壊と同時に職も住処も収入も失った三人は、以来、そんな暮らしを続けている。 「見て下さいよ!先輩!」 彼女に対し、妙に勢い込む後輩その一。 「・・・ふん。」 それに呆れ返るように、仰向けに寝そべったまま文庫本に目を戻す後輩その二。 二人共、黒を基調とした、ナイロン樹脂様の全身タイツめいた外皮に顔面、頭頂までを覆っている。 顔面部には十字の、前胸部、四肢中央部には直線的な、紫の意匠を施されたその姿。 一見すると全く見分けが付かない。 が、不思議な物で、身のこなしから言動、ちょっとした癖で、何と無くの区別が彼女には出来る。 「・・・どうしたんだ、これ。」 その一の手の中。 竹笊の中には、トマト、胡瓜、人参が山盛に盛られてる。 「八百屋でクズ野菜貰って来たんす!」 言われて見れば、どれも形が少々歪で、物によっては傷もある。 「今夜の晩飯はバッチリっすよ!」 「は!」 その二が鼻で笑う。 「お前ぇはその程度だよな。」 「な、何ぃ!」 その一がその二に喰って掛かる。 「じゃあお前はどうなんだよ!」 「俺か?俺はな。」 勿体ぶった仕種で、枕と成していた雑嚢から 「どうよ。」 2kg程度だろうか。 米の袋を取り出した。 「ど、どうしたんだこれ!」 「いや何。ゴミ捨て場行くと、良く本とか捨ててあるだろ?それ掻き集めて、古本屋に売るんだよ。そうすりゃ、この程度のモン買う位の金にはなる。」 「ははぁ・・・」 「お前とは、ココが違うよ。ココが。」 つんつん、と自らの頭を指差す態度に少々ムッと来たのか、その一は 「ふ~ん。じゃあコレはいらないんだな?」 野菜を背に隠す。 「そ、そんな事言ってねぇじゃんよ!」 その二は慌てて屈服した。
/42ページ

最初のコメントを投稿しよう!

6人が本棚に入れています
本棚に追加