第一章

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「・・・」 「ん?どうしました?先輩。」 ただじっと立ち尽くしている彼女の様子に、その一が声を投げ掛ける。 「ん?ああ。いや。」 彼女は少々の狼狽を作り笑いで覆い、誤魔化した。 が。 『何だったんだ・・・あれ・・・』 ”米袋”で喚起された、先程のスーパーでの出来事は、脳裡で再生されたままだった。 『だって、邪魔だったし。』 『じ、邪魔!?』 『うん。それに、レジ待たされるの、嫌なんだ。』 『嫌・・・って・・・』 『だから、前に並んでる人にどいてもらった。』 『・・・』 青年の笑顔は変わらなかった。 ”何が悪いのか”とでも言うかの様に・・・ いや。 それも違う。 ”良い””悪い”の概念すら、彼には無い様だった。 問われた事に、ただ応えている。 そんな風情だ。 『あ、あのな・・・!』 『も、もうやめて下さい!』 更に詰め寄ろうとした彼女は、背後から肩を掴まれ。 『・・・?』 その隙に、青年は立ち去ってしまった。 可笑しな人だ、とでも言いた気に、軽く首を傾げて。 『関わらない方がいいよ。あいつは・・・』 彼女を制止したのは、50年配の、主婦らしき買い物客だった。 『死神、だから、ね。』 「・・・死神って何だよ・・・」 「は?何ですか先輩。」 「いや、何でも無い。」 再び、彼女は誤魔化した。 が。 その一言。 ”死神って何だよ”。 何故、あの場で、その科白が自分の口から出なかったのか。 死神。 危険人物、或いは後ろ暗い過去を持つ人物の比喩表現として、余りにも陳腐な、その呼称。 本来なら、嘲笑に肩を揺すりながら語るに相応しい言葉だ。 にも関わらず。 何故、それが出来なかったのか。 彼の纏う、空気。 色の無い、眼差し。 変化の乏しい、表情。 その底知れ無さが、脳裡の深い部分でその名称にマッチしてしまったのかも知れない。 「・・・」 ぶるりと、身の内から震えと共に湧き上がる、戦慄。 あの主婦の言葉通り、二度と関わりを持ちたくない、と思う反面。 自分と彼が、深く関わりを持って行くのだろうと言う、予感めいた不吉な妄想。 「先輩!もうすぐ米、炊けますから!」 現実に引き戻してくれたその一の能天気な声が、奇妙な程、有り難かった。
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