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口からは血を流し、白目をひん剥いている。
そしてついに、呼吸まで止まった。
◆◇◆◇◆
「ゴルギアスはどこにいるのです? うふふ、私を一人にすると後が怖いですよ」
一級品のドレスに身を包んだ女性が宮廷の通路を歩いている。
周りに従者の姿はなく、その様子はどこか滑稽にも見えた。
至って真面目に徘徊すること数分、女性はとうとう他の人間を見つけた。
「おお、これはオリビア姫。今日もその美貌は磨きがかかり、ますます麗しゅう限りにございますな」
「これはオラシーム殿。あなたの兄であるピノ殿は父によく尽くしていると聞きます。父に代わり礼を言いましょう」
女性、つまりオリビアは内心で「げっ」とした。
事あるごとにこのオラシームという男は自分を口説いてくるのだが、正直に言って迷惑なのだ。三十は離れたオヤジに言い寄られてもキモイだけである。
そんなオリビアの様子には気づかず、オラシームは饒舌に語りだした。
「あなた様のようなか弱いお方のことだ。独り身では夜も寂しいでしょう大公陛下があの時の誘いを断ったばかりに、このような目にあっているとは」
下品な上に、不敬罪を問うような内容の発言。
ここへ来てオリビアは目の前の男の狂気に気が付いた。
様子がおかしい。自分をいやらしい目で見ていたことは知っていたが、ここまで形振り構わないというのは初めてだ。
「黙りなさい。いくら宰相の弟とはいえ、父上への暴言を許すことはできません」
「誰が許さないのです?」
「それは……!」
背筋を駆け抜けた悪寒、その具体的な内容を感情が拒絶する。
まさか、そんなはずは。
しかし、この男がこれほど強気なのは、やはりそういうことなのか。
「おやあ、お聞きになってないようですな。ムウリ・テロシア大公閣下は、一昨日の夜分に息を引き取ったのですよ」
欲望にまみれた声色、ねっとりとした視線。
オラシームの存在自体が不快で仕方がない。
「適当なことをいうものではありません。父上は――」
「ええ、健康でしたな。しかし、いくら健康とはいえども、毒を盛られてはどうしようもございませぬ」
「お前……父上を毒殺したというのか!」
オリビアの剣幕にまったく動じる様子を見せないオラシームは、それどころかくつくつと笑いをこらえているようだ。
「何が可笑しい!」
その言葉が琴線に触れたのか、とうとう笑い出す。
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