第1章

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「いえ、失礼。姫はとんでもない勘違いをなさっているようだ。毒を盛ったのは我が兄、ピノ・ケラシムの指示によるものなのです。これは実際に毒入りの水を用意した下手人が吐いたこと。身内としてまことに恥ずかしい限りでございます」  オリビアはそれを嘘だと直感した。  父が殺されたというのは真実かもしれない。そして、下手人がピノに支持されたと言ったのも本当だろう。  だが、ピノはそんなことを指示するような人ではなく、オラシームは父を殺してその罪を兄へと擦り付けそうな人物だ。  現場も見ていなければ、証拠もない。  それでも、オラシームが黒幕だと思った。 「さあ、オリビア姫。新しい大公が女性とあらば、それには伴侶が必要だとは思いませんかな?」  下卑な笑みを浮かべるオラシーム。  オリビアは思わず吐き気を覚え、口元に手をやった。そのまま二、三歩後ずさると、今度はオラシームに背を向けて走り出す。  なんとしてもここを離れ、彼女のお付きの騎士であるゴルギアスと合流しなければならない。  逆に言えば、ゴルギアスとさえ合うことができれば安心だ。  ゴルギアスは士官学校を首席で卒業し、家柄さえ違えば今頃は軍の中枢にいてもおかしくないと言われた傑物である。  このような事態でもきっと彼女のことを守ってくれるだろう。 「ゴルギアスを探しているのですか」  後ろから浴びせられた声に足を止める。 「まさか、お前……」 「安心なされ、彼は生きていますよ。ただし牢の中ですがね。はっはっは! あやつは大逆人ピノと面識がありましたからな。共謀の疑いがかかっているのです」  聡明なオリビアはそれだけで今の状況を把握した。  父は殺され、その腹心には謀反の嫌疑、そして彼女の騎士さえ牢の中にいる。つまり、彼女のもっとも頼りになる味方は、ここには助けに来ない。  くやしさを堪えるように、下唇を噛む。  皮が破れて血が溢れるが、それでもやめない。  こうでもしないと、泣き出してしまいそうなのだ。気高い大公の娘には涙など流すことは許されない。 「気丈ですなあ。いい、イい! それでこそ我が伴侶にふさわしい!」  口角を飛ばしもはや本性を現したケダモノが、美姫の腕を強引に掴んだ。  か弱い姫に壮年の男の手を振り払えるはずもない。  この危機的な状況でオリビアはようやく焦りを顔に出し、いつでも彼女を助けてくれた騎士の名を呼んだ。
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