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「はっ、ははっ、今度こそ死ぬのか。俺は幻覚を見始めたのか?」
けれど、俺の足は宿らしき建物に向かっていた。窓から漏れる光に涙があふれた。早く、あそこに行きたい。寒いのは嫌だ。冷え切った身体を温めたいと扉を開くと、そこには一人の女が、玄関先で深々と頭を下げていた。
「ようこそ、いらっしゃいました。佐々木雄馬(ササキ、ユウマ)様」
深々と頭を下げた女が、俺の名を呼んだことより、俺は彼女の容姿に見惚れてしまった。真っ黒な髪と色白の肌、雪のようにきれいな瞳をした女がまっすぐ俺を見つめ、ニッコリと微笑み。
「さぁ、佐々木様、お荷物をどうぞ。外は寒かったでしょう? 温かい食事を用意しています」
「あ、あぁ、そうさせてもらう」
「どうぞ。ご案内します」
女はニッコリと微笑み、案内するために建物のおくに歩いていく。俺も置いて行かれないように靴を急いで脱いで、女の背中を追いかけた。
「あ、ちょっといいか?」
「はい、なんでしょう?」
「あんたの、あんたの名前はなんて言うんだ?」
「オユキと申します。佐々木様」
振り返った女、オユキは答える。オユキ、オユキ、オユキと俺は何度も口の中で繰り返した。絶対に忘れないように繰り返した。
「あ、あぁ、オユキと言うのか、うん、しかし、俺のことを佐々木様なんて呼ばないでくれ、様と呼ばれるほど、俺は偉くないんだ」
むしろ、ちっぽけな人間なんだと言うと、オユキは、
「いいえ。そのようなことをすると姉様達に怒られてしまいます。佐々木様は、お客様なのですからね」
なら、二人っきりの時だけ呼んでくれよと気のきいた台詞は思い浮かばないまま、オユキのクスクスと微笑む彼女に見惚れてしまった。
「さぁ、佐々木様。急ぎましょう。姉様達が待っています」
姉様? とマヌケな疑問を浮かべた直後のことだった。
「さぁさぁ、佐々木様、グーッと飲み干してくだされ」
胸の大きな女が俺にグイグイと酒の入った杯を押し付けてくる。
「俺は下戸でして、酒は」
「んーっ? おーい、みんな、佐々木様が私の酒を呑ませてくれないってさぁ」
との、一声に周囲の女達が口々に野次を飛ばす。呑まないとだめな雰囲気になってしまい、俺は杯を受け取って酒を飲み干した。
どうやら、オユキは、ここの下働きのようだった。おとなしいオユキが出迎え、部屋に連れ込んだら姉様へ、交代する。あとは呑めや叫べやの大騒ぎ。
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