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「エヴァさん、この人はこのギルドのマスターです。あと、薬室の室長です」
「マスター兼薬室長のアベル=アライスだ。とりあえず、足から見るぞ」
「あ、の……エヴァです。お願いします」
レアの態度は気になるが、今は目の前にしゃがんだ男、アベルの言うとおりに踏まれた足を差し出す。
「あぁ、掠り傷だし大丈夫だな。カミーユ、あれ、水と痛み止め持ってきてくれ。あと、包帯も」
「あーい、わかったよん」
カミーユと呼ばれた朱の髪を持つ女が元気よく返事を返し、奥に消えていく。それを見届けるわけでもなくアベルは足から顔をあげ、エヴァと視線が合った。綺麗な藍色の瞳だが、不精髭が目立つ。くたびれたおっさんのような印象だ。
「じゃ、腕だしてくれ」
「え……嫌、です」
「ルカが言ってたけど、血が出てたんだろ。化膿したら危ないし、手当させて」
「……っ」
左腕を胸の前で庇いながら、ちらっとルカを見やるエヴァ。その視線は不安げに揺れていて、けれどルカが何かを言うより先に左腕をアベルに差し出す。
その華奢な肩は、僅かながらも震えていた。
「……こりゃひでぇな。自分で付けたのか」
気にしていなかったが処置としてルカが包帯を巻いてくれていたのだろう、赤が滲むそれを解かれ外気に晒された左腕には、やはり醜い傷跡が鎮座していた。それを見て、血の気が引く。アベルが言うように、これを自分で付けたのなら、どれほど追いつめられていたのだろうか。
「マスター」
その変化にいち早く気付いたルカの鋭い声に、反応したのはアベルだけではない。相席するレオとレアも、その声音に驚いたように目を丸くさせる。
「なんだよ、ルカ。俺はエヴァに聞いてんだけど」
「エヴァさんは答えられませんよ」
「……は?」
「何言ってんだよ、ルカ! こんな汚くなるほど付いてる傷について、なんで本人が答えられないんだ!」
レアの言葉に、心臓がギュッと締まる。ヒトから見ても、この腕の傷は醜く映るのだと痛感した。
アベルの手を振りほどき、パッと腕を引き寄せて傷を隠す。もうこれ以上見られまいと、咄嗟の行動だった。
怖い。自分が怖い。逃げたい。ヒトの、目が怖い。その思いが、首をもたげる。エヴァはギュッと目を閉じた。この観衆に晒される自分が、酷く惨めに感じた。それに加えて、イラッとした感情が沸いた。
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