プロローグ

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 胸が痛い。そして、息が苦しい。酸素を求めて、彼女は口を開く。すると耳元で、ゴポッとくぐもった音が聞こえた。  おかしい。苦しくて宙に手を彷徨わせると、絡みつく何かで思うように体を動かせないことに気付く。  閉じていた目を開ける。そこは、蒼の世界だった。長い髪が揺蕩い、己が纏う衣服の裾がゆらゆらと揺れる。  蒼の世界を照らす光が遠のいていく。どうやら彼女はゆっくりと底へ落ちて行っているようだった。  ゴポッと、吐き出されたものは泡となって上へのぼっていく。それで、彼女は自分のいる場所が水の中だということに気付いた。 「(く、くるしい……っ!!)」  認識してしまえば、途端に目を見開いて首に手をやる。息ができない。  彼女は逆らう。底へ落ちて行く流れに逆らう。水を掻き、上へ這い上がっていく。光へ手を伸ばす。しかし、何故かどんどん底へ体が沈んでいく。まるで、這い上がることを拒んでいるかのようだ。 「(たすけて……っ)」  目が霞む。意識が遠のく。  伸ばした手が、腕が、何かに触れた。その瞬間だった。  勢いよく腕を引かれる。沈んで行っていた体が浮上する。 「ぷはぁ……っ!!」  飛沫をあげて、彼女は水の中から這い出た。肺に急に空気が入ってきたためだろう、ゴホゴホッと彼女は噎せた。 「大丈夫ですか」  耳元でかけられたその問いかけで、彼女はようやく誰かに助けられたことに気付く。しかし、顔が濡れたままのせいか、はたまた噎せているせいかうまく目を開けることができず、そして溺れていたからか体にうまく力が入らない。誰かが脇の下から体を支えてくれているため、彼女はなんとか水の中に逆戻りしないで済んでいた。 「今、陸にあがりますから。もう少しの辛抱ですよ」  気遣うような優しい響きの声が、すぐ近くからかけられている。彼女は必死にうなずき、少しでも息を整えようとする。  思ったより陸から離れていなかったのか、そんなに時間がかからずに陸に引き揚げられた。
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