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「ん、どうした?」
「もしかして、ついてきてくれない……んですか?」
「すまないが、私にも外せない用事があってね。すぐに行かなきゃならない」
「そ、そんな、困りますよ」
「なに、心配するな。入ってすぐのところにエレベーターがあるから、それに乗って七階へ移動するだけだ。五歳の幼稚園児にだってできる。それとも、坊やには保護者の同伴が必要か?」
「うっ……」
自分にだってプライドというものがある。そのような言い方をされては、無理です、とは言えないじゃないか。
「――とはいえ、このまま送り出すのも些か不親切というものだな。ふむ、そうだな……紙とペンはあるか?」
「……? ありますけど」
冬吾は鞄から百円のメモ帳とボールペンを取り出して神村へ渡す。彼女は壁を下敷き代わりにメモ帳へさらさらと何かを書き入れる。
「……よし。これを渡しておこう」
神村はメモ帳からそのページを破り取ると、丁寧に四つ折りに畳んでから冬吾の鞄の中へと強引に押し込んだ。
「なんですか?」
「私の携帯の電話番号だ。困ったときはそこへ連絡してくれ。まぁ、必要ないだろうとは思うが、念のためにな」
「ど、どうも……」
美女から電話番号を渡されるというシチュエーションに内心沸き立つものがないではなかったが、素直に喜ぶことはできなかった。
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