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「何が?」
「俺達は歩くのにあんなに苦労したのに……なんで、あの人、手すりも持たずにあんな歩けるんだ?」
「え……んー……」
「さっき、確かに霧の中に誰か居た。でも、こちらの声に反応しなかった。あれは誰だったんだ?」
「別の動物とかだったのかも? だって新田さんの声が聞こえたのは登りきってからだったし、だいぶ間があったよね?」
「……」
潤君は眉間に皺を寄せて難しい顔をする。
さっきも思ったんだ。
助かる道が開けたのに、黙りこんじゃった潤君。
こんな異様な空間だから、知らない人を手放しで受け入れるのは難しいとは思うけど。
新田さんが来るまでは潤君がすごく近くて、二人でいることが唯一の安心だったのに、今は傍にいてこうして言葉を交わしてるけど、一人ぼっちのような不安を感じる。
潤君がいるのに、いないみたい。
俺はもう一度潤君の手を握った。
一緒にいるって体温で感じていたかった。
潤君は俺の手を握り返してくれたけど、後ろへ引っ張るみたいにする。まるで俺を新田さんから少しでも遠ざけようとするみたいな感じだった。
遊歩道の終わりまでくると、今度は小西君の立っている姿が見えてきた。小西君も浴衣姿で俺を見るなり嬉しそうに手を振ってる。
「あ、佐伯さん! 良かった! どこ行ってたんすか! もー俺すっげー心配で」
「うん、ごめんね」
「バス待たせてんだ、早く乗れ!」
新田さんが俺達を急き立てる。
霧は相変わらず濃い。さっきは駐車場がどこにあるのか全然分からなかったのに、やっぱり新田さんと小西君が先導してくれる。
薄ぼんやりと霧の中にライトの明かりが見えた。そのバスに小西君が先に乗り込み手招きしてる。
「秀、ちょっと待ってくれ」
潤君が不安そうな声で言った。
「潤君?」
「あのバスの中に、俺の会社の人間も居る。窓から手を振ってる。なんで……同じバスなんだ?」
「一台しか出せなかったんじゃない? 取り敢えず村の避難所までみんなで行くとか」
潤くんは腑に落ちないようで、不安な表情のままだったけど、らちがあかないし、このままではみんなの迷惑になってしまう。
「潤君、行こ?」
俺は潤君の手を引きバスへ乗り込んだ。
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