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ガタンゴトンと、ホームを出発したばかりの電車の音が、バスに乗っているあたしの耳にも届いた。
暑さと蝉の疎ましい鳴き声との相乗効果で、あたしの苛立ちは加速する。
この苛立ちの原因は、二時間前に遡る。
「加賀さん。さっきの起案、修正点があるらしい。次長室まで行ってみて」
「あ、はい」
課長の決裁は下りたのに、次長が渋ってるなんて、今までないことだった。
不思議に思ったあたしが、課長に言われた通りに部次長室へと足を運び、ドアに手をかけた瞬間だった。
「次長は、どうして加賀さんをあの課に引っこ抜いたんですか?」
・・
あの課。
情報システム課、通称“シス課”。都市振興部の目玉、いわゆる主管課と呼ばれる部署。
そこがあたしの職場、そして、都市振興部の次長の椅子に腰を掛けるのが、間宮藤次郎。
「お前も、俺が人選ミスをしてると思うか?」
「いえ、そういうわけじゃ…」
“入社四年目でチーフは生意気”
“経験不足”
“いつか大きなミスをする”
こんなことを言われるのは、日常茶飯事。
だから大して気にしていないし、いちいち傷付いたりもしない。
今、次長と話してるのは、三十歳へのカウントダウンが始まった有能プログラマー、橋本女史。
「あいつのな、」
少し考えた後、次長はポツリと呟いた。
「プログラミングが…綺麗なんだ」
それは、有能プログラマーの肩書きを持つ橋本さんに対する侮辱のようにもとれた。
「秘書課のときから思ってたことだが、まあ、あいつが持ってくる書類は何かと見やすいんだ。それでな、ピンときた。こいつ、お偉い方の二歩後ろに隠しとくのは勿体ないな、って」
嬉しかった。
藤次郎に認められているということが、ただ純粋に嬉しかった。
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