第1章

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プイッとそっぽを向く、陰火。彼女は食人鬼でかつては、人を食い殺していた鬼だが、今は弱体化し、幼女となってしまった。 「ハイハイ、わかったから、真朱が帰ってくるまえに自転車、乗れるようになろうな」 荷台を支えつつ、うぅと唸る、陰火に言う。彼女が自転車の練習をしたいと言い出したのは、買い出しなどに自転車があれば真朱が楽になるだろうと山都が言ったことが始まりだった。 「わかってますよ。それより山都大聖、私がコッソリ、練習していたことは真朱には内緒ですよ」 「まぁ、俺はいいけど、アイツは内緒にしてくれるかわかんないな」 「アイツ?」 と山都の指差した先には、物陰からコッソリとこちらを覗く仮面の少女。ウッと陰火の表情が露骨に歪む。 「フフフ、見たわよ。陰火、あんた、自転車、乗れないのね? 山都に手伝ってもらわないと乗れないのよね」 「くぅ、何をしにきたのですか、引きこもり娘、あなたは鏡の中に引きこもっていいでしょう。境鏡子(サカイ、キョウコ)」 「嫌よ。こんな面白い物、放置できるわけがないじゃない。いいのよ。私のことなんて無視して練習してなさいよ」 仮面のせいで、表情が見えないがきっとニヤニヤ、笑っているだろう。クゥと悔しがる陰火に見かねた、山都は言った。 「へー、鏡子は自転車に乗れるんだな?」 「え?」 「そうですよね。それだけバカにするのだから貴女は乗れるのでしょうね」 「陰火、そう言うなよ。高みの見物、決め込んでるんだからきっと乗れるだろうけど、そう言っちゃダメだ。ほれ、頑張れ、陰火。もう少しだ」 ちゃんと乗れるようになって鏡子を見返そうなと言った。 「待ちなさい、山都、陰火。どうせ、口先だけじゃ上達しないだろうから、私が手本を見せてあげるわよ」 「無理しなくていいぞ」 「心配は無用よ。私はね。陰火に負けるのだけは嫌なのよ」 「負けず嫌いだなぁ。お前。陰火、ちょっと変わってくれ、鏡子の奴が手本を見せてくれるらしい」 「わたくしは鏡子の手本など必要ありませんが、無様な姿を見るのは楽しみです」 というわけで交代。 「陰火、見てなさいよ」 と、言った直後だった。自転車をこぎ始めた、鏡子がドテンと派手に転がった。 「ふ、ふふ、調子が悪かったみたいね。何十年も鏡に……うぅ」 「わかった。もういい、鏡子。無理するな。焚きつけた俺達も悪かったから泣くな。な?」
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