第1章

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私は考えていた。 それは数学の教師が何か記号を書いている時だった。 学生らしく数学の問題を考えられたなら、それは幸せなことだっただろう。 私が考えなくてはならないことは、二万円の捻出方法だった。 家から持ってきてはいたが、一万円がやっとだった。 今日の昼までに出せと、角田亜美一派のガリ、宮野からラインでメッセージが入ったのが昨夜の十一時。 お小遣い制度の無い家だったので、持ち金がない。 一緒に住んでいる伯母が寝ている隙に、財布から一枚は持ってきた。 残りの一万は他人のロッカーからパクろうかーー運良く鍵が掛かっていなくて、財布がむき出しで入っているものが何個あるだろうか? では、工面出来なかったと謝る?  角田一派は先週からメンバーが増えたので、見せしめ目的や、新参にルールを教えるためにも派手にやってくる可能性が高い。 謝っても許しては貰えない。残りの一万を明日以降に伸ばしてもらおうか? いや、期限が大切なのだ。 指定した時間にきちんと持ってくる下僕は見ていて楽しいだろうし、守れなければ制裁を加える口実にもなる。 数学の教師は、黒板の下の方に書いてある数字を指差している。 問題の解説しているのであろう。 もう授業の終わりは近いのだろうが、良いアイデアは浮かばなかった。 終了のチャイムが鳴ると、私は覚悟を決めて図書館裏へ向かった。 集合時間はいつも、一三時ジャストだ。 食事をする時間はあるのだが、胃に何も入れていない方が、経験上不快感が減る。 想定できる最大の損失の最小化は、確か論理的に正しいはずだ。 私は胃の底の微かな痛みを意識しないようにして図書館裏に向かった。 「おっ、ブスミヤちゃんじゃん。ちゃんと持ってこれた?」  角田の取り巻きのデブの方、太田が待っていた。  一三時より五分は早い。個人的にからかいたいのだろう。 私は用意しておいた台詞をなるべく気持ちを込めて言う。 「一万は持ってこれたよ。でも、も……、もう一万円は、明日まで……、待って欲しいんだ」ぼそっとそんな声が出た。  デブの太田は差し出した一万円札を握ると、その頬を釣り上げ細目で笑みを浮かべた。
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