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―◇―◇―◇―
小学生にしては可愛いミスだった。
僕のトラウマはそこから生まれたといえる。
このカフェバーでオーナーをしている加治木シェフに恥をかかせて、僕自身に深い心の傷を負わせた切欠は未だによく覚えている。
ローカルテレビで生放送された料理対決番組。
僕はそこで対戦相手に砂糖と塩をすり替えられた。
後悔は散々している。
砂糖と塩は手触りからして違うのに、どうして気付かなかったのだろうか。
どうして気付いたのが味見をした直後だったのだろう、と。
「今日来た女の子は優しそうな子だね。今時、ごちそうと言われて出されたTKGに対して嫌な顔をしない子供なんていないだろう」
「最近のガキは御馳走を派手なモノだって誤解していますからね。そういうやつは味が濃ければなんでもごちそうになるから気が楽ですよ」
料理に対して嫌な思い出はあるけれど、やっぱり食事を作るということは楽しい。
ただ、僕はもう二度と料理を極めるつもりはない。
コックになる夢は小学生で捨てた。
それから三年間。
僕はこうやって中学の退屈な時間を過ごしてきた。
味を追求するのではなく、素材を探究するように努めた。
「そうはいっても、結局のところ最終的には気持ちの問題になるよ。料理の評価というものは主観にまみれたその場の気分だからね」
つまり、普遍的に不味いものでも美味しく感じる奴がいる。
逆に言えば、誰もが好評だったものを否定する奴もいるということか。
僕には到底理解できないな。
だってそうだろう。
面白い漫画は誰が読んでも面白いと感じる。
つまらないものは誰がどう頑張ってもつまらない。
結局、みんなの価値観は同じであることが多いのだ。
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