第4章 底にあるもの

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壺を買った。それもよくあるような、瀬戸物のそこの深いやつを。 私の家はこれでも元は旧家で、そこの長男坊として厳しくしつけられた。父は会社社長、祖父はかつてある事業で財を為した男だ。一代で財閥にも負けない会社の社長として君臨していた。そして祖母は旧華族であり、やはり厳しい方であった。 何故過去形なのかと言うと、実は全員亡くなっている。祖母は高齢で病没したが、父と祖父はかなり奇妙な形で、いや、まるで”消えてしまった”かのように失踪してしまったのだ。 祖父は数十年前、私が幼い頃だ。友人である人の家に食事に行って、そのまま帰ってこなくなった。その方の家からは祖父は出ておらず、しかしどこを探しても髪の毛一本たりとも見つからなかったのだ。 家族は悲しみに暮れ、祖母はそれが原因で体調を崩したのだ。父も日本各地を捜索したが、結局見つからなかった。 その数年後、父が消えた。私が10代の頃だ。あのときは確か、とある方の家にお呼ばれした時だ。 その方は父の数十年来の友達であり、やはり会社の社長であった。その方の家で食事を待っている時、父がある壺を目に付けた。 「良い壺だな、どこで買ったんだ?」 「あー、それか。いや、ある人の家からさ。何か持ち主が急に失踪したらしくて、俺その人と知り合いだったんだけど、捨てるのもなんだしって譲り受けたんだ」 「へぇ……、何というか、底が深くて奥行きを感じる」 すると父の友人は父に近づくと、 「けどな、どうやらこの壺いろんな人を回ってるみたいなんだ。なんでも、この壺の所有者や買おうとした者が急に失踪するんだと」 「いやいや、それはない。なら俺とお前がここにいるのはどうなるんだ?俺らだって霧のように消えてるさ、だろ?」 「まあそうなんだがな、……考えすぎなのかもしれん」 きっとそうさ、と父は友人の肩を叩くと、また壺を眺め始める。父の友人はやれやれと笑みを浮かべながら、夕食の用意に戻る。 私も父から目を離し、戻ろうとしてふと後ろを振り返った。するとそこには、誰もいなかった。先程までいた父が忽然と姿を消したのだ。 「父さん?父さん!?どこへ行ったんだ、父さん!」 あの後、警察も呼んで捜索したが父は見つからなかった。母はあの日以来、家に閉じ籠ってしまった。 話を戻そう。私は、そんな曰く付きの壺を買ったのだ。
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