雨が上がった後には

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───忘れられない恋がある。 梅雨の雨に打たれる紫陽花を見ていると、あの頃の私を思い出してしまいいつも胸の奥が熱くなる。 あの頃の私はまだ子供で。 それでもあの時の想いは本物だった。 ………多分、一生分の恋をした。 経った一年の出来事だったけれど────……… そう言い切ることができる。 彼と初めて会ったのは高校2年生の梅雨の時期だった。 先生に連れられて教室に入ってきた彼はあまりにも異質過ぎた。 こげ茶色の短い髪と、ターコイズブルーの瞳。 堀は深く、高い鼻に大きめの口。 『仙崎侑里』 「………せんざきゆうり………」 黒板に書かれたその文字を小さく口の中で呟いた。 漢字の名前に違和感を感じる彼は、日本人の父とドイツ人の母をもつハーフだった。 教室がざわめく中、先生は当時学級委員長だった私に彼の世話係を申しつけた。 憐れむような中にも羨望が混ざったような視線を向けられつつ、私は静かに立ち上がった。 彼のビー玉みたいに透き通った瞳が不安そうに私を見た。 私はその彼の不安をくみ取り、ただ微笑みを返した。 ───これがドイツからの転入生、ユーリとの出会いだった。 彼はドイツ語どころか、英語、日本語も堪能だった。 そして美し過ぎる容姿の彼は、すぐに女子の話題の種になった。 でも彼はそんな女子とは距離を置いていた。 それどころか………私に妙に懐いた。 刷り込みされたひよこみたいに。 いつも彼は私の側にいた。 自然と彼と共に過ごす時間が増えて行った。 彼はとてもピアノが上手で、吹奏楽部が使う第一音楽室とは別の小さめの第二音楽室で放課後彼の演奏を聞くのが日課になった。 音楽の先生も何か彼の事情を知っているのか、快く貸してくれた。 私はピアノを弾く彼を見つめ、彼の演奏を聞く。 彼の瞳のような澄み切ったピアノの音色。 二人だけの穏やかな時間。 私たちが恋に落ちるのにそう時間はかからなかった。 そっと指を絡め、啄ばむような初めてのキス。 それ以上のことはなかったけれど、心はしっかり繋がっていたと思う。 何より私たちが一緒にいることはとても自然な感じで………まるで前世からの結びつきすら感じるくらい。 今日みたいに空が泣いてるみたいな雨の降る日だった。 彼はドイツへと帰って行った。 暫くやり取りしていた手紙も………そのうち戻ってくるようになった。
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