第1章

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「すみません」 体を90度に綺麗に折り曲げて頭を下げる。 新人研修の成果がこんな所で発揮されるなんて。 雑踏の中、ただ『すみません』と謝り続ける私の頭上から大きなため息が聞こえて胸が痛む。 「仕方ねーだろ」 その声に頭を上げると、困った顔はしてるけれど怒ってはいない加藤様の顔がそこにあった。 事の発端は、今日の朝。 加藤様とのデートに向かうべく家で身支度を整えた私に母親が『絹ちゃんの子を預かって欲しい』と言ってきた。 「お母さんが見たらいいじゃない」 と返すと 「今日は結婚式だって言ってたでしょ」 と戻された。 古都に頼むわけにも行かないし・・・ 「一香ちゃんだったよね?」 「そう。来年小学生ね。 でも預かるって言っても今日遊園地であるイベントに参加するからそれに連れて行ってくれるだけでいいのよ」 「遊園地でイベント?」 「そうなのよ。あれ、なんていうの?旗持って踊るやつあるじゃない? 一香ちゃんのとこの幼稚園の子たちがパレードで踊るんですって。 で、本当は一雄さんが連れてくはずだったんだけど、絹ちゃんの陣痛が始まったらしくって。 おばあちゃんとこでもいいんだけどおじいちゃんが今ぎっくり腰だし。 麻子は旅行から今日帰ってくるらしいのよね」 麻子とはお母さんのお姉ちゃん。 その麻子さんの娘が絹ちゃんで一雄さんとの間の子供が一香ちゃん。 「そんな大事なイベント前になんでおばさん旅行になんて」 「町内会の旅行なんですって。 麻子役員か何かしてるみたいでどうしても行かないといけないって。 なるべく早く帰ってくるようにはするんだけどって・・・ああ、ほら一雄さん来た」 ピンポンと来客を知らせる音が聞こえてお母さんが玄関へと向かう。 ああ、もう私も時間ない! でも遊園地って・・・加藤様と遊園地デートが出来るかも? なんて打算的な考えが脳裏に浮かぶ。 「おはようございます!朝からすみません」 「いいのよ」 なんて笑顔で答えてるけど、私は全然良くないんだけど! 「一香ちゃん、おはよ」 「おはようございます」 と元気に挨拶する。 「美湖ちゃん、ごめんね」 一雄さんが謝る。 これって絶対私が面倒見るってもう言っちゃってるパターンだよね。 「これ、ビデオ。ごめんねこんな事までお願いしちゃって」 母よ。
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