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 タツオの胸の奥には冷めた炎があった。カザンの秘伝「呑龍(どんりゅう)」に呑みこまれながら、冷静に考え続ける。これまでの試合でカザンはつねに慎重だった。完全に相手が静止するまでは、手を出してこなかったはずだ。  視線は動かせなかったが、大講堂の壁にさがる大時計を見ることができた。試合が始まってから、まだほんの数秒しか経過していない。秒針の動きは見えなかった。秒針まで静止しているのだ。  全身から汗が噴(ふ)きだしてきた。時間を止めた肉体の檻(おり)に、精神が閉じこめられてしまったようだ。自分の意思のままに動かない身体(からだ)は恐ろしく窮屈だった。絶望的なこの状態で雷神のような速さのカザンから打撃を受けるのだ。  向こうの時間はこちらのように極限まで引き延ばされた遅延のなかにはない。その攻撃を永遠に近い待機の末に、わが身に受ける。東園寺家秘伝「呑龍」は肉体だけでなく、精神まで完膚(かんぷ)なきまで破壊する技だった。
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