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まだ水琴窟が開店して間もないある日の事。
狒狒と巾着がやって来た。
そして、佐緒里に、ひとしきり清さんという男性についての話を吹き込んだ。
「町内に、清四朗ってえのがいてな。
あいつはとんでもない奴なんだ。
それまで町のことなんか知らんぷりしていたくせに、突然、町内会に参加し始め、あれやこれやとひっかき回す。」と狒狒が言うと、
「昔からのしきたりを、何にもわかっちゃいないでなあ」と巾着も相槌を打つ。
「あんな奴が、いたら川原町が悪くなる」
「そうだ、狒狒さん追い出しちまえ」
「昔は、そりゃあひでえことしてたらしいぞ。佐緒里ちゃんも気を付けなよ。」
心配そうに狒狒は言った。
「そんな方がいらっしゃるのですね。気を付けます。ありがとうございます。」
佐緒里がそう言うと。二人は喜んで帰って行った。
狭い町内、そのうち清四郎さんもお店にやって来るようになった。
話を聞いていた佐緒里は、初め警戒をしていたのだけれど、いつも静かにコーヒーを飲んで帰って行く清四郎さんにそんな悪い人の印象を持てなくなってきた。
ある日、さりげなく狒狒さん達の話を振ると苦いコーヒーでも飲んだように顔を歪め、
「あいつらか・・・」そう言って、黙り込んでしまった。
町内会会長の選挙戦が激しくなると、狒狒さん達はますます清四郎さんの悪口を言いはやした。
そのうちに佐緒里も話を聞いておれなくなってきた。
そんな中、清四郎さんがふらりと水琴窟にやって来た。
ちょっと疲れた顔色で。
いつものように静かに飲んでいるから、気になって佐緒里から話しかけた。
「選挙はいかがですか?」
「まあ、町内を良くして行きたいと思ってるんだが。なかなか、昔からのしがらみが厚くってね、大変だよ。」
「清四郎さん。こんな話をご存知ですか?
その昔、唐土の国に、腹が立つと大瓶にみんなぶちまけて蓋をしてしまい人前ではいつも笑い顔しか見せない人がいたそうです。
日本では、そのまねをした長屋の人達のお話で「堪忍袋」という落語があります。
清さん、でもそんなに我慢ばかりしていると、溜まってきやしませんか?
私が堪忍袋になってあげてもいいですよ?」
「・・・やっぱり、佐緒里っていいなあ」
そう言って、清さんは目を赤くした。
それでも清さんは、なんにも言わない。
だから、佐緒里は選挙戦のさなか袋を一つ縫って清さんの事務所に置いて行った。
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