一人になりたい男

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「中、出さなかったね」 「出さねーよ」 「うん。わかってたよ」 たとえ天地がひっくり返ってしまっても、由宇の中に欲を吐き出したりしない。 責任のとれないことをするほど、俺はガキじゃない。 セックスの味を占めたばかりの高校生でもなければ、ヤれれば誰でもいいという大学生でもない。 三十四歳の、良識あるオトナ。 「怒ってる?」 「それは俺が訊きたいな」 苛立ってない、と言えば嘘になる。 次長欄に押印するのを躊躇ったのは、単なるかこつけでしかない。 職権乱用、とも呼べる行為に、自分でも嫌気が差した。 でもそれより何より、俺の呼び出しを無視したこいつに、わけのわからない苛立ちをセックスに代えてぶつけた。 拒否権なんてないんだよ。間宮次長が呼んだら、デスクに積み上げられたファイルの山を捨て置いてでも応じなくちゃ。 「なんで来なかった?」 溜め息混じりに問いかけると、その溜め息がマズかったのか、由宇は怯えたように俺から体を離した。 「いや、怒ってないんだ。そもそも…」 起案がどうこうという問題ではないのだから。 「あの案件は完璧だったよ」 「じゃあ…なんで?」 「それは…」 ただの気分、と言えば、怒るだろうか。 あたしだって暇じゃないのよ、と言ってその小さな唇を尖らせるのだろうか。 「ふっ…」 「な…何よ、いきなり」 想像したら笑えた。由宇が怒ってる姿。 「顔が見たかっただけだ」 「…はぁ?」 「なんとなく、な。水槽の中の熱帯魚見てたら、お前の顔思い出したんだ」 「…あたし、魚類に似てるの?」 「口が小さいとこがな」 わけわかんない、と、今度は由宇が溜め息をこぼす。 「お前は、どうして秀次郎といた?」 電話をかけたとき、携帯の向こうの雑音の中に混じっていた聞き覚えのある声に眉を顰めた。 “兄貴から?” 由宇との付き合いは、俺もシュウもどっこいどっこい。知り合ったのは同時だし、そう大差はない。 でも、由宇は俺としか「こんなこと」をしていない、はず。 じゃあなぜ、俺の知らないところで、しかも二人で? 由宇の携帯を奪い取り、自分のもののように操作をして電話に出れるような間柄ではなかったはずだ、絶対。
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