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そんなことは百も承知だ。
それでも、彼は自らの激情に抗う術を持っていなかった。
怒りに身を預け、振り回されることしかできなかった。
そうしなければ恐怖に、目を逸らしている現実に押し潰されてしまう。
身を低くし、左足で踏み込みながら刀を持つ左手を突き出す。
躱し辛い胴突き。
しかし、軌道上に既に『鬼』はいない。
さらに踏み込み、刀を両手に持ち替え追撃を掛ける。
刀を振り抜くことはできなかった。
瞬時に接近した『鬼』に柄を掴まれた。
引き剥がそうとするがビクともしない。
「刀を抜くまでもない」
腹に衝撃。
『鬼』の膝が食い込んでいた。
「かはっ……」
息が詰まる。
全身の力が一瞬抜ける。
緩んだ手から刀が剥ぎ取られるのと、頭を掴まれ持ち上げられたのはほぼ同時だった。
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