序章

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投擲を不得手にしている訳ではないが、その程度のものが通用する相手ではない。 少しばかりの目眩ましと時間稼ぎになれば上々だ。 脇目も振らず、刀に駆け寄る。 『鬼』に大きな動きがないことを気配で感じながら、落ちた刀を手に掴んだ。 これでまだ戦える。 ほんの僅かな希望を持った、その時だった。 「……っ!」 右太腿に、鋭い痛みが走る。 (なにが……!?) よく理解できなかった。 倒れる、その僅かな時間に目にしたのは、深々と突き刺さった自分の小刀だった。 これは『鬼』に投げたはずだ。 ほんの五秒にも満たない時の中で、投げつけられた小刀を掴み、投げ返し、全力で疾走する自分に命中させたとでもいうのか。 訳も分からぬまま、ぬかるんだ斜面を転がり、滑り落ちていく。 岩や木に全身の至る所を打ち付けられるが、落ちる勢いは増すばかりだった。 自身を傷付けるかもしれない。 それでもこの刀を手放す訳にはいかない。 これが無ければ戦えない。 必死に握りしめていた。
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