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夏の陽射しが厳しくなってきた頃だった。
一度、こちらへ来ないかと書いた葉書が寄こされた。
読んだ瞬間、心音が跳ね上がった。幸宏が幸子へ言い続けた言葉が脳裏をよぎる。
彼は実家へ戻る前に何度も言った。将来を共にしたい、考えて欲しい。君は世間一般に許される間柄になるまで、指一本触れない、僕という人間と、男の誠意を伝えたいから、と。
その彼が、実家へ来いという。遊びにおいで、と軽く言っているのではない。それぐらい自分にもわかる。同時に届いた別の手紙には、切符が同封されていた。行き先は幸宏の郷里だ。
「行ってらっしゃい!」公子は言う。
「行ってこい」増沢の小父も言う。
「さっちゃんなら、どこへ出しても恥ずかしくない娘さんなのだから。自信持ってお招きに預かりなさい」
小母は時折根拠のない後押しをする。
本音ではうれしい。もし、ご家族に紹介してくれるのだとしたら。いや、間違いなくその為に呼ばれている。
でも――叩くと出ない埃がない私、もし過去を問われたら。調べられたら……。隠せない過去を公にされても私は彼や彼の身内に望まれるだろうか。
姪の顔に浮かんだ暗い影を払うように、小父は言った。
「人に言えない過去のひとつやふたつ、今日日の日本人がもたないはずがなかろう。普通にしていればいい。君は、彼の上司も良く知る太鼓判を押す人なんだから」
……だといい。
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