111人が本棚に入れています
本棚に追加
その声を遮断したくて両手で耳を塞ぎ目をグッと瞑る、身体を縮め、全身に思いっ切り力を入れた。
「秀! 立てる?」
潤君の声が聞こえた。体を撫でて、ポンポンと優しく叩かれる感触におそるおそる目を開けた。
心配そうに俺を見ている潤君。
「怪我、してないか? どっか痛いとこない?」
「……うん、ごめん。大丈夫」
俺は全身の力を解き、上体を起した。
「……こっちだ。行こう」
相変わらず真っ白な霧が辺りを覆いつくしてるのに、潤君は手首を掴んで立ち上がると迷いなく歩き出す。最初は一メートル先も見えなかった世界が、徐々にうっすらと霧が晴れていく。
辿り着いたのはなんとあの旅館だった。
戻って来れたんだ。って安堵と、同時に目の前にある旅館への不快感。これは恐怖なのか? ここには入りたくないって思う。この場から離れたいと。
そう思いながら旅館を見上げていると潤君がくるりと方向を変えてまた歩き出した。
旅館を通り過ぎ、俺はホッと息をついた。
どこへ向かっているんだろう。不安が脳裏をかすめる。
でも……俺と潤君を繋げている手。
さっきは潤君が止めるのも聞かずに俺がこの手を引いてしまった。俺はこの手について行けばいいんだ。
ギュッと握る手に力を込めた。
「あった」
見えてきたのは遊歩道の入口だった。二人で階段を登る。上へ行くにつれて、さらに霧がどんどんと晴れていく。
湖と、東屋の看板があるところまで来た。迷う様子もなく湖の方へ歩を進める潤君。
潤君は何も言わなかった。俺の手をしっかり握って、引いてくれるけれど後ろを振り向くことはなく、俺を見る事もない。ただ前だけを真っ直ぐに見ている。
俺達は黙々と歩いた。どれくらい歩いたかなんて分からない。もう、時間の感覚が完全に麻痺しちゃってた。
霧は完全に晴れ、山の紅葉が見える。世界に色が戻ってくる。
木陰の間から太陽の光が射し、キラキラと朝露が眩しく反射する。
今までが薄く白く濁った世界だっただけに、こんな時だけど単純に綺麗だと思った。
最初のコメントを投稿しよう!