111人が本棚に入れています
本棚に追加
「他の皆さんは、全員……旅館の中で……旅館の従業員さん達もだって」
俺は瞬きを一度して、姉ちゃんを真っ直ぐに見た。
「……もう一人。いたよね?」
「あのね、気を落とさないで欲しいんだけど……あんたの会社の一緒に旅行に行った人達は全員……」
「そうじゃない」
「え?」
「いたでしょ? 俺の隣に。いたよね?」
母ちゃんと姉ちゃんは顔を見合わせ悲しそうな顔をした。
「……発見された時、あんたは一人で道に倒れてた。そう聞いたわよ?」
いた。いたんだ。潤君が。
俺はずっと繋いでた方の手を持ち上げて見た。
視界が滲んでぼやける。
いたんだよ。ずっと一緒に。
……覚えてる。あったかくて大きな手。しっかりと、ずっと、強く握ってくれていた。
全部覚えてる。全部。
熱も感覚も。
手をグッと強く握りしめた。
白衣を着た医者が診察に来た。
あちこちに聴診器を当て、いくつか質問され、指が何本に見えるか? とかいろいろ聞かれて答えた。
「うんうん。この分なら明後日には退院できそうですね。佐伯さん、警察が事情聴取に来ますけど、明日にして貰いましょうか?」
医者が慰めるような口調で言ってきた。
「……」
母ちゃんの手が伸びてきて、頬にふわりと布が押し当てられた。右と左にも。
頬の一部がチリチリと焼けるように痛かった。
何も返事をしない俺の代わりに姉ちゃんが応えた。
「すみません」
医者はそっと微笑んだ後、言葉を続けた。
「もう一人の、患者さんは意識が戻るのが早かったので、もう済んでるんですけどね。佐伯さんはちょっと昏睡状態が長く続いたんで……」
その言葉にハッと視線を上げ医者を見た。
「もう一人って!」
言葉と同時に俺は医者に掴みかかってた。
最初のコメントを投稿しよう!