第1章―1

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 ――16歳より前の記憶がない。どこで産まれたのか。誰のお腹から出てきたのか。誰に育てられたのか。  何も思い出せない。不安で、何より怖い。いつ、何時、再び記憶を失ってしまうかも分からない。そんな焦燥感みたいなものが絶えずつきまとっている。目に見えない何かから逃げ惑う日々。生きているのに――前を向けない。  時計を見ると、12時40分を指していた。昼休みはあと20分ある。まだゆっくりできるのだが、済ませておきたいことがあった。  ノートパソコンのディスプレイを開ける。昼休みに入るまで職場のみんなに配るための書類を作成していた。今日中に配り終えたいものだ。全体の7割くらいまで出来上がったものの、そこで昼休みに入ってしまった。  キリがつかないと落ち着かない。あと20分もあれば十分に書類を完成させられるはずだ。昼休み明けは、新しい仕事から始めることができる。それが心地よかったりもする。辻褄が合う。そんな感じ。
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