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「き……もちわり……」
何だか分からないまま荒れた気分で目の前にあるグラスを手当たり次第に飲み干したせいか、かつてないほどの気分の悪さで、俺は洗面所に駆け込んだ。
ほとんど食ってないからか、最後は胃液まで吐き出して、体力使い果たしてグッタリと流しに両手をつく。
ここ最近、何だかやけに感情が、忙しい。頭の中を暴走族が走り回ってるかのようにぐわんぐわんと脳みそが揺れる。
桐原、榎本。榎本、桐原。
考えないようにあやちゃんの笑顔を思い出そうとしても、やがて可愛いあやちゃんの笑顔が、榎本の醜悪な黒笑に変わっちまうんだ。
チクショー、あの餓鬼。とんでもねー爆弾を頭に設置していきやがった。
「ーーーー新藤」
背後からの低い声が、俺の心臓を抉った。
よりにもよって、こんなタイミングでアンタかよ……。
「飲み過ぎてンじゃねェよ、幹事のくせに」
「……飲み過ぎたんじゃねーっすよ。つわりです、つわり」
我ながらアホな返しに呆れつつ、水道の蛇口をひねって汚れた口元を掌で拭う。
ダメだ。脳みそが揺れる。
「ーーッおい!」
力が抜けた身体が床につく前にあったかい腕に全身を掬われた。
名前も知らない香水と例の煙草が混じった主任の匂い。
無防備に吸い込んじまったもんだから、一気に体温が上昇した。
「大丈夫かよ……」
「……無理っす。マジで俺、今妊娠したかも……」
うわ言のように呟いて重たい瞼をこじ開けると、俺の渾身のジョークに呆れたような表情で見下ろす主任と目があった。
やべーな。榎本にこのシチュエーションを見られたら、確実に殺される。
明日は東京湾か富士の樹海か、、、。
でもなんかもうどーでもいいかも……。
なんて思わせる程、主任の腕の中は、広くて、あったかくて、いい匂いがして、心地良かった。
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